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【無料公開】『日々の一滴』藤原新也著

 いつもは蹴球本を紹介している当コーナーだが、尊敬して止まない写真家、藤原新也さんの新著が届いたのだから紹介しないわけにはいくまい。さっそく「インスタグラムラッシュアワー まえがきにかえて」から引用しよう。

 写真の歴史がはじまって以来、今ほど写真が世の中に溢れている時代はない。誰もがポケットにスマホというカメラツールを所有し、写真はWi-Fiと連携し「撮る」と「発信」はセットとなり、SNSを通して即時的に不特定多数の人々に向けて公開される。(中略)

 そして今「自分写真」はプリクラからインスタグラムにステージを変える。

 インスタグラムではペアポートレートや自分のポートレートのみならず、自分が食べたもの、自分が買ったもの、自分のペット、自分が行った場所、等々、膨大な量の「自分写真」が投稿される。この新たな写真ステージにおいては写真のモチーフは増えたが、それもすべて拡張された自己なのだ。そしてその膨大な量の「自分」はWi-Fiを通して公に発信される。(後略)

 藤原さんは1944年生まれで、今年76歳。「もう、そんなになられるのか」と驚きつつも、30年来リスペクトし続けてきた私自身も、それだけ年齢を重ねてきたという現実に思い至る。そしてこの30年間、写真を取り巻く状況は大きく変わった。30年前といえば、まだフィルムカメラの時代。デジタルカメラが普及したのは20年前。そしてスマートフォンが日本で普及し、Instagramがサービスを開始したのが10年前である。

 長く第一線で活躍していると、否が応でも時代の変化に向き合うほかない。76歳にして発表したフォト・エッセイ集のまえがきで、Instagramについて言及しているのは「さすが」の一言。しかし一方で、本書に掲載された写真と原稿の多くが、生活クラブ連合会発行『生活と自治』での連載(2011年7月号~20年3月号)であったことに、軽い衝撃を受けた。

 私がお気に入りの藤原さんの作品に『藤原悪魔』がある。初版は1998年で、文藝春秋の女性誌『CREA(クレア)』で連載されていたものだった。つまり当時の藤原さんは、《時代の風を読み、知的な読みごたえで、ポジティヴでセンスフルな女性を刺激しつづけて期待を裏切らない》ことをうたう、文藝春秋の総合雑誌で連載を持つくらいのポジションだったということである。

 もちろん今でも、何かしら社会的な大事件が起こると、大手メディアに藤原さんのコメントを目にすることはある。とはいえ、切れ味鋭い文明・文化批評ができる若い写真家や表現者は、この10年の間にずいぶんと増えた。それと反比例して、かつての雑誌文化は衰退の一途をたどり、藤原さんの写真と文章に触れられる機会がめっきり減ってしまったことを、少し寂しく思っていた。

 そんな中で届いた、今回の新作。写真と文章が交互に現れるページをめくりながら、それぞれに藤原スタイルの健在ぶりを確認できたのが何より嬉しかった。さながら30年ぶりのクラス会で、元気な恩師と再会できたような気分である。と同時に、時代の変化を敏感に察知しながらも、決して時代に媚びない芯の強さに、心が震えた。

 本書を送ってくれた編集者によると、今般のコロナ禍を受けて、大手メディアからの著者インタビューの取材依頼が殺到しているそうだ。こうした不安定な時代だからこそ、藤原さんのぶれない姿勢が再評価されているのかもしれない。「心の師」の足元にも及ばない私ではあるが、発表の場を著しく減らしている状況は同じ。そんな中、ポジティブに考えるきっかけを与えてくれた、本書との出会いを感謝したい。定価1800円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆☆☆

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