【中倉’Voice】関わるすべての人がひとつになり、どんなときも共に前へ向かって全力でぶつかる。これが我らがアビスパ福岡だ
2024明治安田J1リーグ 第33節
日時:2024年10月4日(金)19:04キックオフ
会場:ベスト電器スタジアム/7,670人
結果:アビスパ福岡 1-0 名古屋グランパス
得点:[福岡]小田逸稀(88分)
ゴール裏から響くチャント。スタジアムを包む手拍子。これでもかとばかりに名古屋ゴールに迫る選手たち。スコアレスのまま迎えた試合終盤。残された時間は数分しかなかった。しかし、誰も諦めてはいなかった。いや、誰もがその先に勝利があることを信じていた。
湯澤聖人は振り返る。
「言葉では言い表せないけれど、これまで5年間やってきて、これは最後に点を取れるんじゃないかなというふうに思っていた。今までずっと勝てなくてもみんな頑張っていたし、僕だけじゃなくて、みんなしっかり気持ちを持って戦っていた。それはゴール裏にいるサポーターのみなさんも、ゴール裏にいなくてもスタジアムに来てくれているサポーターのみなさんも、きっと一緒だったと思う。勝ちたいという想いがベススタ内に雰囲気として漂っていた」
そして88分、その時がやってくる。
名古屋のクリアボールを田代雅也がヘディングで再びゴール前へ送る。そのボールを頭で落とすウェリントン。そしてドウグラス グローリが相手DFを背中に背負いながら、ペナルティエリアへとボールを流す。そこへ小田逸稀がフリーで走りこんできた。
「絶対に決めないといけないという想いだった。中に(佐藤)凌我がいるのも見えたが、しっかりファーを狙って、こぼれても誰か詰めてくれるかなと思って、けれど絶対決める気持ちで、サポーター、チーム、選手、スタッフ全員の想いを背負って蹴った」
次の瞬間、ともに戦うすべての人の想いを乗せたボールがゴールネットに突き刺さる。これが決勝ゴール。ベスト電器スタジアムをいつもの熱狂が包み込んだ。
第33節・名古屋戦に先だって行われたアウェイ磐田戦、そして鳥栖との九州ダービーにスコアレスドローで引き分けたことでサポーターから大きなブーイングも浴びていた。だが、選手たちは下を向いてはいなかった。長谷部茂利監督は振り返る。
「『こういう時がある』『顔を上げて』という意味では、選手たちはファイティングポーズを取っている。コーチが良い練習をして、そこに選手がアジャストしていくという非常にいつも通りで、良い状態だった」
そんな中で再確認したのは「自分たちの原点」。磐田戦に勝てなかったとは言え10試合ぶりの無失点試合。続く鳥栖戦と合わせて2戦連続で無失点に抑えたことで自分たちを取り戻しつつあることを選手たちは実感していた。次に取り組むのはいかにしてゴールを奪うかということ。名古屋戦を前に前寛之は次のように話していた。
「長いか短いか分からないが、必ず自分たちのペースになる時間もある。そこで圧力だったり、人数だったり、思いきりだったり、そういうところで点取ることが大事だと思う」
サポーターもファイティングポーズを取っていた。鳥栖戦での大ブーイングはSNSなどで様々な意見を呼んだ。意見は千差万別。それぞれにそれぞれの向き合い方があり、その是非は決めるべき問題ではなく、問われるのはチームと共に戦えるかどうかということ。そして名古屋戦でサポーターはゴール裏に大きな弾幕を張り出した。
「俺たちは変わらず側にいる。迷わず戦え」
それがサポーターの想いだった。
そしてキックオフを告げるホイッスルが鳴る。立ち上がりにリズムを刻むのは名古屋。山岸祐也、キャスパー ユンカーが抜群のコンビネーションを見せ、その2人を森島司が2列目からサポートし、山中亮輔の正確なキックが危険な匂いを漂わす。最初の決定機は15分。ペナルティエリア内から山岸が左足を振り抜く。さらに26分にはユンカーの強烈な左足がゴールを襲い、続く27分には山岸とユンカーのコンビネーションから決定機を作られた。だが、いずれもGK永石拓海がスーパーセーブを見せてチームを救う。そのプレーに触発されるかのように、選手たちも随所に粘り強さを発揮して名古屋に得点を与えない。
後半もピンチは続く。47分には山岸からのスルーバスを受けたユンカーが抜け出してゴールを狙い、56分には再び裏に抜け出したユンカーが永石との1対1の場面から左足を振り抜いた。どちらもゴールネットを揺らしてもおかしくないシーン。しかし、右ポストが、そしてクロスバーがこの場面を救う。
そして、じわじわとアビスパがリズムを刻みだす。そもそも、名古屋に危ないシーンを何回も作られたとは言え、この日のアビスパは間違いなく戦っていた。ボールを奪ったときは躊躇することなく全員が素早く切り替えて名古屋ゴールを目指した。押し込まれる中でも前へ出るという強い意識を全員が持っていた。
「チームとしての押し上げが遅い場面がすごく多いなとスタンドから見ているときに感じていた。自分が復帰した時に、そこに一番力を使おうと思っていたし、自分の目の前にはコンちゃん(紺野和也)がいて、その前にシャハブと(金森)タケシもいる。自分が選択肢として選ばれなくても、少しでも多く彼らに選択肢を作ってあげることが大事だと思っていた」(湯澤聖人)
その想いは、この日ビッチに立った全員の想いだった。
そして、互いの監督の采配が明暗を分ける。名古屋は61分にユンカー、山岸、山中の3人を、さらに71分には森島と、それまでアビスパを苦しめていた4人を下げる選択をする。アビスパの最初の選択は55分のシャハブに代えてウェリントンを投入するというもの。これが試合の流れを変えることに繋がった。ウェリントンが前線でボールを収めて攻撃のリズムを作り出すアビスパに対し、名古屋はそれまでのコンビネーションが消えロングボールを前線に送る単調な攻撃に。そして試合の主導権をアビスパが握る。
ここからはアビスパが今シーズンも含めて5年間をかけて積み上げてきたものをピッチにぶつける。70分には湯澤、金森健志に代えて小田逸稀と松岡大起を投入。83分には前嶋洋太、重見柾斗に代えて岩崎悠人、佐藤凌我を送り出す。先発でプレーした選手も、それに代わってピッチに登場した選手も、それぞれがそれぞれの最大出力を発揮し相手とぶつかり、ボールを奪い、ゴールを目指す。決して華麗ではない。けれど全員がチームの為に、そして勝利の為に戦い、それをスタジアムに集う仲間たちが力の限りに後押しする。それこそがアビスパの戦い方だ。
そし冒頭のゴールシーン。その瞬間、スタジアムを大歓声が包む。ゴール裏でサポーターと共に喜びを爆発させる小田逸稀。メインスタンドもバックスタンドも観客は総立ち。みな雄たけびを上げ、拳を突き上げ、そして誰彼構わずハイタッチを繰り返す。そして6分間のアディショナルタイムを危なげなく過ごして試合終了のホイッスル。ベスト電器スタジアムに最高の時が訪れる。
そんな試合を金森健志は振り返る。
「スタジアム全体で雰囲気を作ってくれてパワーをもらえた試合だった。みんなも同じように感じていると思うし、べススタらしい雰囲気で、選手たちものびのびプレーできたと思う。僕がベンチに下がって、誰かが少し痛んで試合が止まった時にサポーターのチャントの声がすごく迫力があって、『今日は絶対勝たなきゃいけない』という熱い声が聞こえてきたが、その想いは選手たちに乗り移っていたと思うし、そのとき『今日は絶対勝てるな』というふうに思った。今日の勝利は偶然ではない」
その言葉通り、『これがアビスパ福岡だ』と言わんばかりの試合だった。すべてが良かったわけではない。まだまだ攻守にわたって課題はある。けれど、持てる最大限の力を発揮して、どんな相手ともギリギリの勝負に持ち込み、その中で生まれるチャンスで一刺しする。そんな戦いができるように選手は日々100%の力で準備し、ファン、サポーターも力の限りにチームを後押しする。まさにアビスパらしく手に入れた勝利だった。
だが、終わってしまえばそれも過去のこと。大切なのは目の前の試合であることは間違いない。今シーズンも残り試合は5。この日の勝利をいかに繋げられるか。そしてシーズンが終わった時にアビスパに関わるすべての人が笑顔を見せられるか。アビスパの戦いはまだ終わらない。
[中倉一志=取材・文・写真]