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【無料公開】書評家つじーの「サッカーファンのための読書案内」第14回 楠木建『好きなようにしてください』

「サッカーファンのための読書案内」では、一冊の本を、自分が気になった最近のサッカーニュースや記事と共に取り上げる。一冊の本を補助線にサッカー界のトピックを読み解いていきたい。

 今月取り上げるのは、少し変わった経歴を持つサポーターのnoteと、僕が大好きな経営学者の一冊である。

サポーターとして「好きなように」生きるには?

 先月読んだサッカーの記事で印象に残ったのが、名古屋グランパスサポーターのSatoshi Endoさんのnote『答え合わせ』だ。

 Endoさんは2023年までは、名古屋のクラブスタッフという経歴を持つサポーターだ。クラブを離れた彼が2024年の1年間サポーターとして過ごして思い悩み、考え抜いた思いの丈が詰め込まれている。

 誹謗中傷や暴言など、ネット上やスタジアムで目や耳を覆うような行動をするサポーターへの憤り。それらをどうにかしたいと葛藤、行動する姿。その渦の中で疲弊していくさま。その中で絞り出した「サポーターとして穏やかに生きる術」。

 彼の背景も踏まえると賛同する人、しない人はそれぞれいるかもしれない。だが今の社会で「サポーターとしてどう生きるか」を突きつけてくる記事だ。

 自分がこれからサポーターとしてどのように生きるか。Endoさんの記事と共に考えるには、格好の補助線となる本がある。

 それが、楠木建著『好きなようにしてください』だ。

 経営学者である彼がNewsPicksに寄せられた仕事にまつわる相談に対して「好きなようにしてください。」を枕詞にばっさり答えていく。

 仕事の本ではあるが、その回答の中身は人生をより健やかに生きていくヒントが詰まっている。すなわち「サポーターとしてどう生きるか」を考えるのにも役立つのだ。

サポーターにはびこる3つの「幼児性」

 楠木さんは、解決策を示すだけではなく、現状を把握して言葉にすることも上手である。

 彼が取り上げた話題に「大人の幼児化」がある。何かにつけて「イラっとする」人に底抜けの幼児性を感じるそうだ(「大人」は「イラっとする」なんて言葉を使わない)。

 Endoさんのnoteに戻ると、そこにはさまざまなサポーターや光景が出てくる。

 内輪話の感覚で煽り、文句をSNSにつぶやいたのをきっかけに、サポ同士の煽り煽られが繰り返される日々。

 クラブサイドが耐えうる許容範囲を超えた、ヤジやブーイング。

 スタジアムでの悪行や愚行を嬉々としてSNSにさらし、つるし上げる人々の存在。

 他にもさまざまなサポーターや光景の話が出てくる。

 これらの事象は、楠木さんのいう「幼児性」で説明できる話だ。

 彼がいう幼児性には3点ある。

 1つ目は、物事は基本自分の思い通りになり、思い通りにならないことは「問題」だという態度だ。

 大人とは「基本的に世の中のすべては自分の思い通りにはならない」という前提がある。だからイラっとしない。たまにあるイイことには「ニコッと」する。これが大人だ。

 2つ目は、個々人の「好き嫌い」の問題を手前勝手に「良し悪し」にすり替えてわあわあ言うことである。「怒るな、面白がれ」が大人の流儀だ。

 3つ目は、他人のことに関心を持ちすぎることだ。他人の不幸は蜜の味。これこそ幼児性の最たるものである。他人のさまつなことを気にせずに、自分の仕事や生活にきちんと向き合う。それが大人なのだ。

 自分の思い通りにならないから、煽りや怒りをぶつける。好き嫌いよりも中立っぽいから、「良し悪し」にすり替えて正義を叫ぶ。他人の成すことが気になって仕方がなくて、一言いいたくなる。

 サポーター人生の中で、どこかでは見たことある景色だろう。あるいは自身もそうなっていたことがあるかもしれない。

 そんな人々に対して、楠木さんはどういう受け止め方をして消化するのか。それが「怒るな、悲しめ原則」である。

 例えば威張ってマウントをとってくる人がいたら「嗚呼、威張らずにはいられない。哀しいなあ、人間って……」という方向に気持ちを持っていく。

 そのとき、頭の中に流れるのは美空ひばりの歌声だ。「人は哀しい 哀しいものですね」「人生って不思議なものですね」。

 良くも悪くも人間の本性は変わらない。SNSが幅を利かす現代は、その本性がむき出しになりやすくなっただけだ。

 今の時代、サポーターは「他者をどうしたい」以上に「自分がどうしたい」について、もっともっと突きつめていくべきではないか。極端な話、SNSで他人にかまっている暇なんてないのかもしれない。

「素人のお前が言うな」は本当に「言うな」なのか?

 じゃあ、サポーターは何も言うな。意見するな。前向きなことしか言うな。そういうことか。

 そんな反論もあるかもしれない。「サポーターはどこまで考えを表明してもいいのか」問題である。

 僕も含めてサポーターは、SNS上で応援するクラブへのさまざまな意見を発信している。経営、戦術、編成、応援など切り口は多様だ。

 楠木さんも本の中で次のような質問をストレートにぶつけられている。

経営を研究し、教えるのなら、現場である企業に身を置くべきではないでしょうか?(楠木建『好きなようにしてください』p203)

 彼はこれに似たような質問を、研究者人生で何度もされたそうだ。要するに「企業で働いたこともないお前の経営に関する話に説得力・価値があるのか?」ということである。

 バリバリの研究者である彼と、在野のサポーターたちを単純に並列に論じれるわけではないが「素人がなんぼのもんじゃ。うるせえ」と言われていることには変わりがない。

 ここで彼はサッカーの世界でも通ずるような鋭い話をしている。

どんなに優秀な人でも、経営者は自身の会社や商売の文脈にどっぷり浸かっています。だからこそ、深みと迫力のある考えが出てくるのですが、その分、どうしてもバイアスがかかり、知見の対象や視野が狭くなりがちです。(楠木建『好きなようにしてください』p204)

 サッカーの世界でも、選手は選手の文脈に、フロントはフロントの文脈に、サポーターはサポーターの文脈に、無意識にどっぷり浸かっている。

 異なる文脈の持つ人たちの意見が、ときには交わり、ときには対立することは新たな知見を生む。

「自分も自分が置かれた環境の文脈に浸かっている」

「発信の価値は自分ではなく受け手が決める」

「考えの表明がアジテーションにすり替わらない」

 このような自覚があれば、あらゆる立場の人間がのびのびと考え、思いを表明できる環境があることこそ、豊かなサポーター人生に繋がる。自分もその場を、この難しい時代の中で大事にしたい。

 楠木さんは「良し悪しより好き嫌い」「人間の本性は変わらない」を思考の軸として、さまざまな本を書いている。どの本も経営や仕事だけではなく、こういった趣味の生活にも通ずる金言が多い。どの本もお勧めである。

【取り上げた本】楠木建『好きなようにしてください』
https://www.diamond.co.jp/book/9784478068878.html

【取り上げたニュース】
答え合わせ(endo3104)
https://note.com/endo3104/n/n19b30dc9a102

【プロフィール】辻井凌(つじー)
サッカーが好きすぎる書評家・文筆家。北海道コンサドーレ札幌とアダナ・デミルスポルを応援している。自身のnoteに本の紹介、歴史とサッカーの関わり、コンサドーレの話題などを書いている。
◎note:https://note.com/nega9clecle
◎X(Twitter):https://twitter.com/nega9_clecle

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