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【無料公開】今夏のジャパンツアーよりも学びがある? 佐伯夕利子さんのビジャレアルCF講演会

 パリ五輪開幕を控え、17日間の中断期間に入ったJ1リーグ。その間に欧州各国のクラブがJクラブと対戦する、ジャパンツアーが相次いで開催されている。

 今夏、来日するクラブは実に多彩だ。ざっと挙げると、レアル・ソシエダ、ボルシア・ドルトムント、トテナム・ホットスパー、シュトゥットガルト、ニューカッスル・ユナイテッド、スタッド・ランス、ブライトン&ホーヴ・アルビオン、そしてセビージャ(その後キャンセル)。

 欧州クラブとJクラブによる対戦は、スター選手のプレーが身近で観られることに加え、勝ち負けを越えたところでのさまざまな学びも期待できるだろう。ただし、各クラブのジャパンツアーに先んじて開催された、スペインのビジャレアルCFに関する講演会は、私にとって実に多くの学びが得られる場となった(参照)

 千葉県の江戸川大学で720日に開催された講演会では、元Jリーグ理事の佐伯夕利子さんも登壇。およそ90分にわたって、プレゼンテーションと質疑応答を行った。講演のテーマは「スペインと日本のスポーツ指導の違いについて」だが、基本的には彼女が勤務するビジャレアルの育成システムの解説が中心。講演のレジュメは以下のとおりだ。

01:社会(町、人口、産業、市民)

02:クラブ(スタジアム、スポーツCITY、トップチーム)

03:チーム(チーム、選手、指導者、プロモーション)

04:アカデミー(育成組織、コーチングStaff、役割)

05:指導改革(選手像、指導者像、責任)

06:実践(円卓、主語変換、学び合う、教える、関わる、履歴書、焦点の転換、焦点の実現、魔の三角地帯、独り立つ術)

 佐伯さんによれば「資産と知産は他者と共有して初めて富になる」というのがビジャレアルの哲学。ゆえに「写真や動画を撮って、拡散してフィードバックしてもらいたい」と彼女はつづける。そこで本稿では、01の「社会」から04の「アカデミー」までをコラム化することとにした。

 なお来月には(佐伯さんと江戸川大学の了承を得て)、05の「指導改革」と06の「実践」の模様をテキストにて、当WMにて再現する。期間限定で無料公開する予定なので、楽しみにお待ちいただきたい。

 さて、ビジャレアルのホームタウン、バレンシア州カステリョン県に位置するヴィラ=レアルは、人口5万人という実に小さな街。佐伯さんいわく「自転車で30分もあれば周できるくらい」コンパクトなのだそうだ。そんな小さな街のクラブが、昨シーズンは200万都市のバレンシアよりも1つ上の8位でシーズンを終えている。

 こうした事例に出くわすと、われわれはどうしてもピッチ上の戦術や指導者の履歴、あるいはタレントの有無についてフォーカスしがちだ。けれども講演会で語られたのは、小さな育成型クラブが生き残っていくために、どんなことを重視しながらトライ&エラーを繰り返してきたか、であった。以下、個人的に感銘を受けた5つのポイントについて、言及することにしたい。

1)「スポーツセンター」ではなく「スポーツシティ」であること

 ビジャレアルには、2つのトレーニング施設がある。すなわち、ホセ・マヌエル・ジャネサ・スポーツシティ(天然芝4面、人工芝は11人制2面+8人制3面)、そしてパメサ・スポーツシティ(人工芝11人制3面+8人制1面)。こうした施設は「スポーツセンター」と命名されることが多いが、ビジャレアルでは「スポーツシティ」という名称にこだわっている。

「経営サイドは、われわれのスポーツ施設の中にシティ(街・社会)の縮図が描かれていることを求めています。実際、トレーニング施設が稼働しているのは、24時間365日。なぜなら中学1年から18歳までの選手を100人くらい寮生として抱えているからです。それ以外にも、3歳児からトップチームまで、女子とニューロダイバーシティ、そして選手の家族、いろんな人が関わっている。まさに社会そのものですよね」

 そう語る佐伯さん。ちなみに「徹壱の部屋」でも、佐伯さんにニューロダイバーシティについて語っていただいているが、ビジャレアルにはEDI-ABCD4段階のチームがあり、それぞれ14人が所属している。

2)3歳、4歳、5歳の幼児も受け入れていること

 ビジャレアルでは、3歳、4歳、5歳の未就学児を「サイコモータースキル」として受け入れている。3歳は8人のチームが4つ、4歳と5歳は10人のチームが8つずつ。合計100人くらい所属しており、それぞれのチームに指導者を2人置いている。

 佐伯さんの前に登壇した、マリアン・ベラさんによれば「思考、判断、反応などの認知的要素、そして筋肉の動きや身体制御などの運動要素が統合されるのは2歳から7歳の間」。そこにクラブとしてアプローチしていく、サイコモータースキルの発想が生まれたのだという。

 指導の様子を記録した動画も見せてもらったが「ボールを使った遊びをいかに飽きさせずに楽しませるか」に主眼が置かれたメニューが組まれている(それでも飽きてしまう幼児もいたが)。決して、フットボーラーの英才教育をするわけではないところに、ビジャレアルらしさが感じられる。

3)誰もが必ず試合ができるチームシステムであること

 競技としてのサッカーのチームは小学生から。ただし1年から6年までは8人制であり、それぞれ12人のチームが3つずつある。

 8人制で12人(=控えが4人)としているのは、もちろん全員の出場機会を増やすためだ。「小学生レベルでメンバー外というのは、なるべく作らないし、試合に出ないまま帰宅することなどあってはならない」と佐伯さん。サッカー部では、大学時代までずっと補欠だった私には、本当に羨ましい限りである。

 なお中1以降は11人制となり、高3までの6学年、そしてU-19U-21 1チームの定員は22人。ここからエリート選手に投資する傾向が強くなり、スカウティングで獲得した選手も加わる(ビジャレアルはスカウティングにも力を入れているそうだ)。なお、ユースからトップの間に3つのカテゴリー(U-19U-21U-23)を置いているのも、スペインでは珍しいらしい。

4)育成組織に惜しみない人材を投入していること

 ビジャレアルのスタッフの集合写真を見ると、やたらと人数が多いことに気付かされる。実際、これほどのスタッフを抱えているのは、ビッグクラブでもそう多くはないそうだ。たとえばアカデミー育成組織の場合、以下のセクションに常勤スタッフを揃えている。

・アカデミー強化スカウト部(スカウティング、チーム編成)

・メソッド部(コーチの成長支援、コーチングスタッフ編成、トレーニングプログラム)

・アカデミー部(選手ケア、仲介人対応、寮全般)

・スポーツサイエンス部

・スポーツ心理学部

・栄養学部

 佐伯さんいわく「22人の選手に1on1で対応する場合、監督とアシスタントコーチだけでは到底間に合わない。ですから、フルタイムでこれだけの人材を揃えているんです」。育成組織だけで、いったいどれだけの人件費を投入しているのだろうか。

5)選手の成長にフォーカスするための人員を配置していること

 佐伯さんの近著『本音で向き合う。自分を疑って進む』でも触れられているが、ビジャレアルでは2014年に指導の抜本的な改革が行われている。詳細は書籍に譲るが、うんとまとめて言えば「目先の結果ではなく、選手の成長にフォーカスする」ことに大きく舵を切ったのが、今から10年前の話である。

 当然、その方針は人事面にも反映されている。たとえば、U-13 からU-16までのコーチングスタッフの内訳は──。監督(プロセスリーダー)×2、フィジカルコーチ、GKコーチ、アナリスト、デレゲート(ロジスティック・マネジメント)、サイコロジスト。

 監督がトップというわけではなく、しかも2人いるのは「ヒエラルキーを作らないため」。監督を「ミスター」ではなく「プロセスリーダー」と呼ばせているのも、同様の理由による。育成年代でも(というより育成年代だからこそ)、選手にとって監督との「合う/合わない」は深刻な問題。不幸にして合わなければ、選手の貴重な1年間を棒に振ることにもなりかねない。

 そうならないためにビジャレアルでは、スタッフを並列化することで「アクセス権」の多様性を維持し、すべての選手の「学習機会」を担保している。それにしても「センターではなくシティ」とか「ミスターではなくプロセスリーダー」とか、ビジャレアルは何と言葉に強いこだわりを持つクラブであろうか。

 これ以外にも、佐伯さんの講演では興味深い話をたくさん聞かせていただいたのだが、ここまでとする。肝となる「指導改革」と「実践」については、前述したとおり来月にはテキストにて共有することとしたい。

<この稿、了>

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