宇都宮徹壱ウェブマガジン

【無料公開】1期生募集中! 7/11開講「宇都宮徹壱ブックライター塾(#徹壱塾)」を立ち上げる理由

【編集部より】6月21日に無料公開としました。

 写真家・ノンフィクションライターとなって27年。58歳にして、また新たなチャレンジをすることとなった。noteによる一般向けリリースは、本日20時の予定。本稿では先行でのご報告をさせていただきつつ、有料部分でWM会員の皆さんに向けて新たなチャレンジを始める、本当の理由を明かすことにしたい。

 711日より、月1回のペースで6カ月の「ブックライター塾」を開講。その1期生を募集することになった。私ひとりで教えるので「#徹壱塾」。かつて週刊少年ジャンプで連載されていた、人気バトル漫画を連想されるかもしれないが、私自身はいたって真面目だ。

 世の中には、いわゆる「ライター講座」が数多くある。その多くがウェブライター向け。しかも副業的なものが大半で、ノウハウもSEO対策がメインだ。これに対して、ブックライターを目指す人に向けた講座というものは、意外と少ない。永続的な出版不況も影響しているのだろうが、そこにニッチな需要があると確信した。

 当塾が想定する対象については、以下のとおり(リリースより抜粋)。

・ライター志望でネットメディアだけでなく、書籍でも通用する実力をつけたい方。

・ライターとしてのキャリアと実績はあるものの、書籍デビューの機会に恵まれなかった方。

・ライターではないけれど、noteなどで書き溜めている文章を一冊の本にまとめたいと考えている方。

2024年7月11日開講!「宇都宮徹壱ブックライター塾(#徹壱塾)で何が学べるか?

 これまで私は、ノンフィクションを中心に14冊の書籍を上梓してきた。そこで培ってきたノウハウを「11のメソッド」として体系化。「3年後の書籍デビュー」を目指す人のために伝授しようというのが、当塾のメインテーマである。実は、これとは別に「息の長いライターになる」という裏テーマがある。

 現在、新人ライターが書籍を出すためのハードルは、非常に高い。運良く書籍を出せたとしても、印税がガッポガッポ入るわけではないのが実情。金儲けの手段として考えるなら、非常にコスパが悪いと言わざるを得ない。それでもブックライターとなることで、確実に得られるものもある。そのひとつが「書き手としての寿命が長くなる」ことだ。

 かくいう私自身、多少の波はありながらも27年にわたってこの仕事を続けてこれたのは、その間に14冊の書籍を出し続けてきたからである(サッカーというテーマで、ノンフィクションを中心にこれだけ書籍を出してきたライターは、そんなに多くはないはずだ)。長く続けてこれたことと、書籍を多く出してきたこと。この2つの事実は、実は分かち難く結びついているのではないか──。そんな仮説が「#徹壱塾」をスタートさせる原動力となっている。

 あらためて、私のブックライターとしてのキャリアについて、ざっくり振り返っておこう。

 私が最初の書籍を上梓したのは1998年。ベオグラードで「写真家宣言」した翌年のことである。今にして思えば、本当にラッキーとしか言いようがない。確かに「運も実力のうち」ではあるのだが、それ以上に当時は出版業界の状況は今とはまったく違っていた。端的に言えば、実績のない書き手にもチャンスがあるくらい、当時の業界には余裕があったのである。

 もっとも、ブックライターとなったからといって、すぐに生活が成り立つわけでもなかった。デビュー作は、マイナーな東欧サッカーのノンフィクション。その著者もまた、専門誌での寄稿実績もない無名の存在であり、当初は専門誌からまったく相手にされなかった。そんな私を救ったのが、2000年頃から勃興し始めたネットメディアである。

 たまたまスポーツナビの立ち上げに関わり、2002年ワールドカップの取材パスもいただけることになったのは、これまたラッキーといえばラッキー。けれども、チャンスを手繰り寄せることができたのは、すでに2冊の書籍を出していたことが評価されたからだ。ブックライターだったからこそ、ネットメディアという新天地へのパスポートを手にすることが可能となった。

 その後、スポナビで定期的にコラムを書き続けたことで、私は書き手としての認知度を得ることとなった。それはそれでありがたかったが、一方で新しい書籍を出す機会から遠ざかることとなる。3冊目の『ディナモ・フットボール』(2002年)から4冊目の『股旅フットボール』(2008年)まで、実に6年ものブランク。版元や編集者とのご縁がなかったこともあるが、それ以上にネットライターとして多忙を極めていたことも大きかった。

 今にして思えば、これも書き手としての重要なターニングポイントであった。もしあのまま、ブックライターとしてのキャリアを諦めていたら、いずれはネットメディアから酷使された挙げ句、捨て去られていた可能性が高いからだ。

 あれから20年近くが経過し、紙メディアを駆逐してデファクト・スタンダードとなったネットメディアは、数字でライターを値踏みする傾向が強まっている。売れっ子ライターであっても、仕事が集中すれば疲弊の度合いが強くなり、クオリティの維持が難しくなっていく(それが原因で最近、尊敬する同業者が廃業した)。

 私の場合、ネットメディアから「もはや旬ではない」と見られている自覚はある。それでも、この仕事を続けていられるのは、粛々と続けてきたブックライターとしてのキャリアがあったからだ。書籍を出し続けたからこそ、ライターとしてのステイタスが上がり、作品を通してファンを獲得でき、自分の仕事が読者の記憶に残り、それゆえにライターとして息の長い活動を続けることができた。

 そこに私は「ブックライターとなること」への価値を見出し、そのためのノウハウをメソッド化することを思い立ったのである。

 ブックライター塾を始めることは、私自身のチャレンジであると同時に、PV至上主義が極まって劣化の一途をたどっている業界への、ささやかな抵抗でもある。数字合わせのコタツ記事を乱発し、新たな人材を育てる余裕もなく、あまつさえ書き手を酷使し続ける──。そうした現状に対する、私の答え。それが「#徹壱塾」の開講である。

<この稿、了>

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