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書評家つじーの「サッカーファンのための読書案内」第6回 堂場瞬一・著『宴の前』(集英社)

 宇都宮徹壱ウェブマガジン読者の皆様、こんにちは!つじーです。『書評家つじーの「サッカーファンのための読書案内」』第6回になります。連載を始めてからもう半年です。いつも読んでいただき本当にありがとうございます。

 今回のテーマは「選挙」です。初めて小説を紹介します。お楽しみください!

スタジアムの今後を占う2つの知事選

 何か話題になるたびに「○○に政治を持ち込むな」という声はよく聞かれる。スポーツも例外ではない。だが僕はそのような考え自体がそもそもナンセンスだと考えている。

 発言したり行動することだけが「政治を持ち込む」政治的行為ではない。沈黙することも何もしないことも、立派な意思表示であり政治的行為である。

 今月、日本サッカーにも深く関わるであろう、2つの知事選が公示される。築地と新小岩のスタジアム建設構想が進んでいる東京都、スタジアム建設予定地決定に揺れる鹿児島県だ。

 サッカーに政治を持ち込むも持ち込まないもない。サッカーを愛していれば、きっとどこかで自分のそばにあることを実感する。それが政治だ。

 本作は架空の県の知事選を題材に、選挙の本質を見事に描写している。知事選を控えた今読むには最適な小説だ。

 某県の安川知事は4期16年を務め上げた76歳である。多選と高齢を理由に、すでに引退を発表している。あとは副知事を後継として発表し、彼の当選を見届けるだけ。バックアップする与党・民自党の地盤が強固な県なので、何の心配はいらない。

 ところが後継発表する直前に、副知事が急死してしまう。大慌てで代わりの候補を探そうとする中、地元出身のオリンピック・アルペンスキーの銅メダリストである中司涼子が、突如出馬を表明し台風の目となっていく。後継を探す安川と、徐々に基盤を固める中司。知事選という名の「宴」の結末はいかに。

リアリティあふれる多彩な登場人物

 物語の魅力は、知事選を取り巻く多彩な登場人物にある。選挙は候補者だけが主役じゃない。読めばそれを実感することになるだろう。

 安川と関わるのは、候補者となる後継候補だけではない。側近である知事室長や私設秘書、候補者選びに協力する民自党の地元選出の議員たち、さらには「良い関係」を築いてきた地元紙の編集主幹もいる。

 対する中司には、地元でさまざまな事業を手がけるやり手ビジネスマンなどの地元の同級生、百戦錬磨のベテラン選挙プランナー、地元の女性議員の先駆者であるベテラン弁護士など、こちらも多種多様だ。

 他にも中司に食指をのばす野党・政友会の議員や、社の方針とは一線を画して独自のスクープを取りに行く地方紙の若手記者などが物語をさらに複雑にしていく。

 とにかく彼らの人物造形がリアルだ。例えば安川が亡くなった副知事の代わりに後継を要請した、国会議員の牧野を見てみよう。さわやかなルックスで人気を誇る二世議員の彼だが、実は大きな傷がある。党の派閥内でのトラブルが原因で党の方針に造反し、役職は解かれ、派閥は退会させられ「干されている」のだ。票は集められるのに、国会議員として上がり目が見えない。そんなところを付けこんで、安川たちはオファーする。実にリアル。現実にもこういう議員がいそうである。

 安川と中司の両者と繋がる人物も出てくる。中司の高校の同級生である結子だ。彼女は知事室に勤務しており安川と接する機会も多い。そこで、安川周辺の情報を中司陣営に伝える役割を果たすことになる。中司の支援者は同級生のつながりから派生して集まって来る。地元における「同級生」の人脈が、いかに選挙で活躍するか。これもリアルだ。

 加えて結子がささいな言動によって、安川に警戒される描写も差し込まれている。漏らせない情報を抱え、誰が信用できるかわからないからこそ、知事になって16年の安川の嗅覚も敏感になっている。心情が吐露されている場面もあるが、凡庸なようでいて、最後の最後まで彼の本心は読み切れない。そんな「タヌキ」なところを見せる彼の姿は、華のある中司とは対象的な魅力を放っている。

 面白いのはどの陣営も「選挙に勝つ」という目標は共通しているのに、みんなして微妙にベクトルがズレている点だ。目標は一致、でも選挙に関わる目的は違う。そういう人たちの集まりが大きなうねりとなり、選挙を戦っている。この微妙なズレを漏らさず書いてる点も、リアリティを感じさせる。

選挙の本質は「選挙前」にあり

 僕がこの作品で最も選挙のリアルを感じた点は、物語の構成にある。実はこの話、なかなか選挙期間に突入しない。3分の2ぐらいをかけて候補者が確定するまでを書いている。選挙が題材なのに選挙期間の話がまったくメインではない。ここがポイントだ。

 僕らが何気なく暮らしていて選挙に触れる機会は、期間中にニュースや道を歩いていたときに出くわす看板、あるいは街頭演説が多いだろう。だから選挙の本質はそこにあると思ってしまう。

 もちろん期間中が大事なのは当たり前だ。しかし本書は次のことを教えてくれる。選挙の本質は「準備」だと。候補者選びや支援者集めなど物語に出てくるシーンは、決して表に出ることはない。でもこうした地味な活動や根回しがないと選挙を戦う基盤は作れない。もっと言えば、こういう場で支援されるためには日頃の地道な活動の蓄積がなければ人は人を支えない。

 選挙になってから考えるのでは遅いのだ。応援するクラブや地域のサッカーなどのために行政や政治を少しでも動かしたい、そのために選挙の力が必要だ。もし、われわれサッカーファンがそう思ったなら「準備」から考える必要がある。それは何か運動に関わることばかりではない。今の知事や議員が何を考え、どんな振る舞いをしているか知ることも選挙の準備のひとつだ。

 極端な話、僕は地方政治レベルであればサッカーファンが結束して特定の候補を支持・応援したり、自ら議員の候補者を擁立するのは大いにありだと思っている。もちろんサッカーのためだけではなく、他の課題に関しても真摯に政策を練り、議員の仕事に打ち込む人であることは条件だ。現職の議員や議員を目指している人にはサッカーに関心がある人たちも少しずつ増えている。

 僕が住んでいる北海道札幌市では昨年、市長選が行われた。現職の秋元市長が次点の候補者の倍の票数をとって当選した実質無風選挙だ。しかしコンサドーレサポとして、2027年に予定される次回の札幌市長選は要注目である。

 昨年の選挙前後で札幌とスポーツを取り巻く環境は大きく変化した。北海道日本ハムファイターズの北広島移転、それに伴う札幌ドームの稼働問題と、コンサドーレとの関係深化、冬季五輪招致活動の中止である。3年後市長に当選する人の考え次第では、札幌とスポーツ、特にインフラ整備に関して当面の未来が決まるかもしれない。そこには否応にしてコンサドーレも巻き込まれるだろう。僕らも今から準備をしなければ、選挙になってからでは手遅れになるかもしれない。

 本作でも中司が公約として冬季五輪招致を訴えている。これが理想だとすれば、札幌市に起きた招致中止は、その理想がもろくも崩れ去った現実だ。それを念頭に置きつつ読み進めることも面白い。選挙はゴールではない。スタートなのだ。

 ところで『宴の前』というタイトルには、著者からある作品に対するささやかなオマージュが隠されている。東京都知事選に出馬する元外務大臣と、再婚相手の料亭の女将の政治と恋愛を書いた、三島由紀夫『宴のあと』だ。選挙を題材にした傑作でありながら、モデルとされる有田八郎にプライバシー侵害で訴えられたことでも話題になった。

 ちなみに中司を全面的に支援する高校の同級生の古屋は、地元の複数のプロスポーツチームを運営する「S&Cコンプレックス」の社長という設定だ。S&Cコンプレックスは、サッカーやバスケットボール、アルペンスキーなどのチームを運営している。サッカーファンにはどこかで聞いたことある話ではないだろうか。架空の県だけど、もしかしてあの県が舞台かも。そんなことを思いながら読むのもサッカーファンならではの楽しみかもしれない。

【本書のリンク】
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-744271-7

【次に読むならこの一冊】高畠通敏・著『地方の王国』(講談社)
計量政治学者である著者が1980年代に様々な地方の選挙区を回ったルポルタージュだ。各地の地域性に対する言及は今でもさびつかない。若き日の森山裕・衆議院議員が「将来の鹿児島市長候補」の市議として登場している。
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000211645

【プロフィール】つじー
サッカーが好きすぎる書評家。北海道コンサドーレ札幌とアダナ・デミルスポルを応援している。自身のnoteに書評やサッカーの話題などを書き、現在コンサドーレの歴史をつづった「ぼくのコンサ史」を執筆中。ラジオ好きで自らポッドキャストを2本配信している。
◎note:https://note.com/nega9clecle
◎X(Twitter):https://twitter.com/nega9_clecle

書評家つじーの「読書コーディネート」

 こちらはWM会員の皆様限定の企画です。僕が「読書コーディネーター」として、「いま読みたい本のイメージ」をお聞きしてオーダーメイドでおすすめ本をご提案します!

 過去にいただいたイメージは、ざっくりしたものもあれば具体的なものありました。どのような要望でも依頼いただいた方にぴったりの本を必ず紹介します。

 興味のある読者の皆様はまず有料部分の「【編集部より】」を読んでいただき、記されたメールアドレスに読書カルテ送ってください。それを元に次回以降、僕がおすすめの2冊を選んだ理由と共にご提案します。

 是非ご利用ください。よろしくお願いいたします。

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