宇都宮徹壱ウェブマガジン

もしも「サッカー」じゃない人生があったなら 第02回:1994年の映像制作会社

宮崎アニメにでも出てきそうな白亜の洋館

 大型連休が終わって、すっかり平常モードとなった雨の月曜日。ふと思い立った私は、日常から少しだけ逸脱する行動に出てみることにした。総武線で代々木まで出て、山手線に乗り換えて五反田で下車。さくっとランチをいただいてから、都営地下鉄の浅草線に乗車する。

 五反田から2つ目の泉岳寺で下車。改札を抜けて地上に出ると、赤穂浪士が祀られている曹洞宗の泉岳寺が視界に入る。せっかくなので立ち寄ってみると、スペイン語を話す中年女性たちが、かわるがわる記念撮影をしていた。こんなマイナーな観光スポットにも、インバウンドの波は確実に押し寄せている。

 さて──

 これから私が向かう先は、今から30年前に転職した、映像制作会社の「跡地」である。私が社員だった時代、会社は広尾に引っ越して、さらに私が退職してからは社名を変えて今は大崎にオフィスがあるようだ。転職した当時の建物は、すでに残っていない可能性もあった。

 当時の住所も定かではないので、Googleマップは使えない。記憶にしてもあやふやだ。かろうじて覚えているのは、納品先のテレビ東京(当時は神谷町にあった)からタクシーで帰社する際、目印として運転手に「魚籃坂」とか「伊皿子の交差点」と伝えていたことくらいだ。

 とりあえず魚籃坂下を目指し、途中、伊皿子の交差点で左折。途中、エチオピアやスリランカの大使館を通り過ぎる。いずれも30年前にはなかったはずだ。やがて、ウズベキスタン大使館の向こう側に、目指す目的地を発見。次の瞬間、思わず脱力した。

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