75歳まで表現者として生きるために 2つの危機を乗り越えた今、思うこと
本題に入る前に、まずは御礼から。
1月28日から3週間にわたって、FC神楽しまねについての当事者情報を募集させていただいた(参照)。果たして、どれだけの反応があるのだろうか──。当初は不安しかなかったが、こちらの想像をはるかに超える反響をいただいた。
メールの数は明かせないが、それこそ元ファン・サポーターから元ステークホルダー、さらには元スタッフに至るまで、さまざまな「当事者」の方々からご連絡をいただいた。その内容についても、これまで報じられていないものも少なくない。メールをいただいた皆さんには、この場を借りて御礼を申し上げたい。
ここからどうするか? まずはいただいた情報を精査し、必要に応じてオンラインによる追加取材をした上で、現地取材を検討することになるだろう。おそらく、書籍の作業が落ち着いた6月以降、記事になるのはさらに先になりそう。それくらいのスパンで、腰を据えなければならないテーマだと思っている。問題は、アウトプットできる媒体。かつてJFLだったクラブの哀しい物語に、関心を持つメディアはどれだけあるだろうか。
以前であれば、こうした現状に苛立ちを覚えたことだろう。しかし最近は、自分自身の受け止め方に変化が感じられるようになった。これも、コロナ禍以降の雌伏の時期を乗り越え、目標に向かいながら年齢を重ねることができたからだと思う。おりしも本稿を公開する3月1日は、私の57回目の誕生日。還暦まで3年となったタイミングで、今後の書き手としてのキャリアについて、あらためて思うところを記したい。
(残り 2150文字/全文: 2802文字)
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