宇都宮徹壱ウェブマガジン

2年連続DAZN値上げの向こう側に見えるもの 放映権ビジネスの歴史とJリーグの未来<1/2>

 いよいよ2023年シーズンのJリーグが始まる。今週土曜のFUJIFILM SUPER CUPにつづいて、17日にはJ118日にはJ2、そして34日にはJ3が開幕。それらに先立つ214日、DAZN3000円から3700円に値上げ。DAZNは昨年にも、1925円から3000円への価格改定を行っており、2年連続で値上げとなる。この件については、こちらのコラムに書いた。

 いちサッカー消費者として考えるならば、2年で2倍近くの値上がりは確かに痛い。しかし、ここで考えたいのが「なぜDAZNは、2年連続での値上げを踏み切ったか」である。おそらく、当初見込んでいた視聴者数が確保できず、その分を価格改定でカバーしようとしていた──。そう考えるのが自然だろう。

 であるならばDAZNは、どれくらいの視聴者数を想定していたのだろうか? 値上げで視聴者数が減れば、さらに値上げして埋め合わせをするのだろうか? 日本での収益化の見込みがないと判断すれば、DAZNは「損切り」に舵を切るのだろうか? そして現在の契約が終わる2028年以降、DAZNJリーグと新たな契約を結ぶのだろうか?

 今回、ご登場いただく小西孝生さんは、30年にわたりJリーグとJFAで放映権ビジネスに関わってきた方である。2016年のDAZN(当時はパフォーム・グループ)との交渉に関わり、2017年にJリーグホールディングス(20年から株式会社Jリーグ)の代表取締役社長に就任。昨年3月に前チェアマンの村井満さんと同じタイミングで退任後は、株式会社小西FCを設立してスポーツコンサルティング業務を展開している。

 そんな小西さんにお話を伺おうと考えた理由は2点。まず、この機会にDAZNを含む放映権について、あらためてレクチャーしていただくこと。歴史的な背景や市場としての日本の特殊性について、なるべく専門用語を多用せずに語っていただいた。そしてもうひとつは、DAZNのビジネスモデルが滞った場合のシミュレーション。その場合、Jリーグにはどのような存続の道が考えられるのかについても、小西さんに提言していただいた。

 最初にお断りしておくが、本稿の内容は誰にとっても決して愉快な話ではない。それでも私たちの愛するJリーグが、何によって生かされ、どのような危機を孕んでいるのかについて、この機会に再確認しておくことをお勧めする。少なくとも本稿を読めば、今回の値上げについての認識にも、今とは違ったものになっているはずだ。(2023117日@東京)

1/2>(目次)

*なぜ他のサブスクと比べてDAZNは割高なのか

*日本の放映権ビジネスが遅れた意外な理由とは?

*プレミア、リーガ、ブンデス、MLSの放映権事情

なぜ他のサブスクと比べてDAZNは割高なのか

──今日はよろしくお願いします。早速ですが、今回のDAZNの2年連速の価格改定、そして月額3700円という金額が妥当かどうか、小西さんのお考えを教えてください。

小西 Jリーグ「だけ」を視聴するという意味では、高いと思います。ただDAZNの場合、サッカーだけでないですよね。プロ野球や格闘技といった、スポーツ全般が楽しめる総合スポーツビジネスモデルなので、そういう意味でいうと妥当なのかなと。値上げ幅という点で見れば、開始当初(月額)980円で視聴できたNTTドコモのユーザーからすると、かなりの割高感はあるでしょうね。

──これにプレミアリーグとか、新たなサービスが付加されるという話だったら、まだ納得できるんですけどね。あと、これはコラムにも書いたんですけれど、DAZNの会見の中で「前回よりの値上げ幅は少ない」とか「これからは収益化のフェーズ」とか、ビジネスの話ばかりだったことにも失望を禁じ得ませんでした。「こういう理由で値上げせざるを得ませんでした。ご理解ください」くらいの話があってもよかったと思うんですが。

小西 たぶん、もともとが安すぎたっていう思いがあったのではないですかね。僕らが交渉した時のCEOはジェームズ・ラシュトンさんでしたが、それからトップが変わっています。以前の経営陣が決めた価格帯や経営計画だと、とてもじゃないけれど黒字化できないという認識だったと思います。ただ、それでも会見では「負担が増える理由はこうです」とか「今後はこういう部分に投資します」といった説明はほしかったですね。

──光熱費の高騰で頭が痛い時期でのタイミングも最悪でしたね。

小西 確かにそうですが、逆に開幕前のこのタイミングしかなかったと言えるでしょうね。値上げはするけど、年間契約すれば月額の負担が減らせられるわけじゃないですか。シーズンが終わったらまた解約されるよりも、年間契約にして少し安くすることで契約者を囲い込みたいという意図は、間違いなくあったと思います。

──今はスポーツに限らず、さまざまなエンタメをサブスクで楽しむ時代です。ジャンルは違いますが、NetflixAmazonプライムなんかと比べると「何でDAZNはこんなに高いの?」という意見もちらほら聞こえてきます。

小西 映画とかドラマって、確かにNetflixでしか見られない作品もあるんですけれど、Amazonに入ってもHuluに入っても、基本的にほとんど同じコンテンツですよね。たとえばNHKが作った番組って、NHKだけじゃなくてNetflixとかU-NEXTとか、さまざまなサブスクに提供されています。独占ではないので、仕入れ値が安いから各社が買っているわけですよ。

 それと比べると、スポーツライブのプラットフォームって、同じコンテンツがないんですよ。他社との差別化が必要となるので、それだけ放映権の仕入れ金額が高くなってしまうんですよね。特にDAZNの場合、どうしても独占契約になるので割高になってしまう。しかもAmazonのように、映像配信以外の他のサービスを展開しているわけでもないですからね。

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