宇都宮徹壱ウェブマガジン

クラブ社長から専務理事になった男の知られざる貢献 シリーズ「Jリーグ現代史」木村正明の場合<1/2>

 8月からスタートした月イチの徹ルポ、シリーズJリーグ現代史」の第5回。前回の米田惠美さんにつづいて、今回は元Jリーグ専務理事の木村正明さんに登場していただく。Jリーグファンの間では、むしろ「ファジアーノ岡山の初代社長」のイメージのほうが強いだろう。

 実際のところ私自身、木村さんと初めてお会いしたのが2007年に埼玉県熊谷市で開催された、地域決勝の決勝ラウンドでのこと。当時の木村さんは、ゴールドマン・サックス証券の執行役員から、中国社会人リーグ時代のファジアーノの社長に転身して2年目のことであった。

 2018年には、当時の村井満チェアマンたっての願いで、Jリーグ専務理事に就任。在任中の4年間は、主に「to C戦略」を主導することで、スタジアムの入場者数やDAZNの視聴者数を増やすことに尽力している。結果として2019年のJリーグは、公式戦の総入場者数が1100万人を突破し、J1の平均入場者数は2万人を超えた。

 しかしながら木村さんの最大の貢献は、むしろ翌2020年から始まるコロナ危機での「隠密行動」にあったというのが私の見立てである。この当時(そして今も)ほとんど語れることのなかった、木村さんのJリーグへの貢献。それは、専務理事としての本来の職務から、明らかに逸脱したものであった。さっそく、ご本人に振り返っていただくことにしよう。

 地域決勝で号泣したゴールドマン出身のクラブ社長

 「大学を卒業後、この年齡で初めてとなる充電期間です。といっても、のんびりしているわけではないんですよ。今までお世話になりながら、なかなかご挨拶できなかった方々にお会いしています。コロナで大変だったときに助けてくれた、大学やゴールドマンの同期だったり、先輩・後輩だったり。ファジアーノ岡山には、どこかのタイミングで戻りますので、その前にと思って」

 Jリーグの前専務理事、木村正明と再会したのは、東京・池袋にあるサンシャインシティのカフェであった。指定された時間は、16時10分。JFAハウスを去ってからの木村は、まさに10分刻みのスケジュールでの挨拶まわりを続けていた。

 実は「チームMURAI」の中で、アポイントを確定させるのが最も難しかったのが、この人。そして私にとり、取材を通して「チームMURAI」で最も長い付き合いとなっていたのも、実はこの人であった。

 木村は1968年生まれで岡山市出身。中学時代からサッカーに親しみ、東京大学法学部卒業後、1993年にゴールドマン・サックス証券に入社する。その後は順調に昇進を重ね、2003年には執行役員に就任。ところが3年後、その地位をあっさり捨てて、当時まだ地域リーグだった、ファジアーノ岡山FCの社長に就任する。

 数百億もの金額を動かすゴールドマン・サックスの執行役員が、明日をも知れぬ地域リーグクラブの社長に転身したことで、何が起こったか?

 社長に就任した2006年は、資本金500万円に対して負債が1000万円超。スポンサーは10社にも満たず、当初の年間予算はわずか400万円という、惨憺たる経営状況だった。それが地道な営業努力により、就任翌年の2007年にはスポンサーを200社、年間収入も9000万円にまで引き上げる。同年、地域リーグクラブとしては当時初となる、Jリーグ準加盟を果たした。JFLに昇格した2008年には、年間予算を2億3000万円にまで増額。翌2009年には、社長就任から3年でJクラブの仲間入りを果たす。

  私のような人間が、木村のようなキャリアの人間と出会い、その後も取材を通して息の長い交流ができたのも、ひとえにサッカーのおかげであった。

 出会いのきっかけとなったのが、2007年11月30日から12月3日にかけて、埼玉県熊谷市で開催された地域決勝(現・地域CL=全国地域サッカーチャンピオンズリーグ)の決勝ラウンド。これは地域リーグ所属のクラブが、全国リーグであるJFLに昇格するべく、休みなしで毎日戦う、世界で最も苛酷な大会である。

 そこに、ファジアーノの社長に就任して2年目、当時39歳の木村の姿があった。

 この決勝ラウンドで、ファジアーノは見事に優勝。来季からのJFL昇格が決まった瞬間、感極まって泣きじゃくるゴールドマン出身のクラブ社長を、私は現地で目撃している。

「あの年の決勝ラウンドは、4チーム中3チームがJFL昇格できたじゃないですか。むしろ1チームしか決勝ラウンドに進出できない、1次ラウンドのほうが心臓バクバクでした。同じ組にいたのは、ホンダロックSCとグルージャ盛岡。結果として連勝できましたが、この時はゴールドマン時代には経験したことのない、急激な心臓の鼓動を感じていました。本当に大げさでなく、クラブの存続が懸かっていましたし」

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