宇都宮徹壱ウェブマガジン

河川敷からナショナルスタジアムへの道 クリアソンが新宿に残した「重要な布石」

2022年10月9日、クリアソン新宿は、国立競技場に立つ。

13年前の発足時、夢物語だったことが、今日、実現する。

(中略)

東京都外の河川敷から始まったクリアソンの歴史は、ここで一つの集大成を迎える。

(後略)

 日曜日に国立競技場で行われたJFL第24節、クリアソン新宿対鈴鹿ポイントゲッターズ。当日に配布されたマッチデープログラム(A3用紙2枚にカラーコピーして2つ折にしたもの)に書かれたコラムから引用した。執筆したのはクリアソンの背番号9で、株式会社Criacaoの執行役員でもある原田亮。この日は89分に途中出場し、限られたプレー時間の中で2本のシュートを放っている。

 この試合については、すでにこちらにてレポートしている。この時は鈴鹿の「カズ」を主語にしているが(実際、そういう報道も多かった)、本稿は「クリアソン」を主語としてみた。彼らの今回の試みについて、きちんと考察・評価しておく必要性を感じていたからだ。

 冒頭のコラムにも書かれているように、クリアソンの挑戦は2009年の河川敷からスタートしている。クラブの設立は2005年だが、当初は立教大学のサッカー同好会OBの集まりであり、東京都4部に加入したのが4年後の09年のこと。そこから13年かけて全国リーグまで駆け上がり、そしてついにはナショナルスタジアムでのホームゲーム開催を実現させたのである。

 とはいえ、クリアソン新宿にとっての国立でのホームゲーム開催は、単なる「思い出づくり」ではないことは銘記すべきである。むしろ、この試合はクラブにとって「重要な布石」であると私は受け取った。というのも、クリアソンというクラブは、極めて戦略的に成長を続けてきたクラブであるからだ。

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