宇都宮徹壱ウェブマガジン

JSLを戦った唯一の自治体チーム 藤枝市役所サッカー部の過去と現在

 先週の浜田取材につづいて、今週は藤枝での取材を振り返ることにしたい。

 藤枝といえば、静岡県にある4つのJクラブのひとつ、藤枝MYFCのホームタウンとして知られる。当地を訪れたのは5年ぶりだったが、その時と比べて「地域に根付きつつある」という印象を受けた。

 たとえば藤枝市役所を訪れた時、MYFCのポスターや選手のプロフィール写真が貼られたスペースがあり、思わずスマートフォンで撮影してしまった。駅前のツーリストインフォメーションで、MYFC関連のグッズが売られていたのも驚きだった。余談ながら、蹴っとばし小僧が生まれたことで、ビジュアルもグッズも飛躍的に増えることとなった。やはりマスコットの存在は重要である。

 藤枝総合運動公園サッカー場には、5年前にはなかったLED照明と大型スクリーンが設置され(それぞれ2020年と22年に完成)、バックスタンドは絶賛改修中。来シーズンには、予定されていたすべての改修作業が終わり、J2仕様のスタジアムに生まれ変わる予定だ。成績面でも、J3第24節を終えて現在5位(2試合未消化)。観客数はもう少し増えてほしいところだが、着実にJクラブらしい環境を整えつつある。

 思えば藤枝MYFCは「サッカーのまち藤枝」を本拠としていたため、地域に認められるためには尋常ならざるハードルをクリアしなければならなかった。なぜなら当地のサッカーは、藤枝東高校で完結していたからだ(そのあたりの背景はこちらに書いたとおり)。今回は「なかなか認められなかった」MYFCとは違い、藤枝東と興味深い共存関係を続けていたチームについて語ることにしたい。

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