宇都宮徹壱ウェブマガジン

サッカーファンはウクライナ問題とどう向き合うべきか? 服部倫卓と田邊雅之が語る「歴史の大転換期」<1/2>

 最初にお断りを。今週は「シーズン移行問題」をテーマにした座談会を出す予定だったが、急きょウクライナ問題をテーマにした対談に切り替えることにした。先週、ロシア軍が撤退したキーウ(キエフ)近郊のブチャという街で、組織的なジェノサイドが発覚。2月24日から始まったロシアの軍事侵攻は、ここにきて完全に潮目が変わった。

 今回も豪華なゲストである。まず、一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所所長で、最近はNHKのニュースウォッチ9などメディア露出が急増中の服部倫卓さん。そしてノンフィクションライターであり、今年のサッカー本大賞で特別賞を受賞した『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』の翻訳者でもある田邊雅之さん。おふたりはこれが初対面だが、実は同時期に青山学院大学の大学院で国際政治学を学んでいたことが、今回の対談で判明した。

 対談のテーマは「サッカーファンはウクライナ問題とどう向き合うべきか?」である。TVを点けてもネットを開いても、ニュースのヘッドラインを独占しているのはウクライナ情勢。しかしサッカーメディアに限定すると、どういうわけか他人事感が否めない(日本でプレーするウクライナ人選手がいれば、そうした切り口の記事もあり得たのかもしれないが)。

 サッカーファンもさまざまで、中には「ピッチ上の現象」にしか興味がない人も一定数いる。もちろん、楽しみ方は人それぞれ。けれども「それだけではもったいない」と個人的には思う。私たちが大好きなサッカーは「世界を知る窓」でもあると考えるからだ。サッカーを通して私は、旧ユーゴ諸国の文化や東欧の歴史を理解することができたし、サッカーを取材しているうちに、南アフリカやブラジルまでたどり着くことができた。サッカーと出会っていなかったら、隨分と退屈で起伏に乏しい人生を送っていただろう。

 ウクライナの国内リーグを現地観戦した経験を持ち、清水エスパルスのサポーターでもある服部さん。ユーロ2012の取材でドンバス地方を訪れ、同業者の中では最もウクライナ問題についてツイートしている田邊さん。この心強いツートップをお招きして、サッカーファンも興味をひくような対談をセッティングしてみた。最後までお付き合いいただければ幸いである。(取材日:2022年3月28日、オンラインにて収録)

【編集部註】ウクライナの地名表記は変更前に統一しています。

<1/2>目次

*アゾフ大隊の源流はメタリスト・ハリコフのウルトラス

*ウクライナ東部の人々はロシアの侵攻を望んでいたか?

*ウクライナの政治家に「エンタメ系出身者」が多い理由

アゾフ大隊の源流はメタリスト・ハリコフのウルトラス

──服部さん、田邊さん、今日はよろしくお願いします。ロシア軍のウクライナ侵攻から1カ月が経過して、まだまだ収束の兆しさえ見えない状況です。侵攻が始まった2月24日が、もう隨分と過去のようにも感じられますが、田邊さんはこのような状況をどれくらい予想していたでしょうか?

田邊 ウクライナとベラルーシの国境近くにロシア軍が集結していた時から、私は「このモメンタム(勢い)を考えれば侵攻は十分に起こり得る」と思っていました。実際に侵略が始まった後は、ロシア軍が非常に拙速であったり、逆にウクライナ軍が持ちこたえていたりと、確かに意外な部分もあったんですけれど、個人的には1930年代のスペイン市民戦争をよく思い出しています。やはりあの時も、民主主義や国家主権といった、根元的な理念を護るための戦いだということが指摘されましたから。

 今後についても言及すると、ウクライナだけでなくロシアについても、ダメージは計り知れないですよね。プーチン政権が退陣して、ロシアに民主的な政権が誕生するというようなシナリオを描いている人もいますが、自分はそこまで楽観的にはなれない。もちろん、この馬鹿げた侵略戦争は、一刻でも早くやめさせなければなりません。が、ロシアの体制が不安定化すれば、22ある共和国の中でさらに民族主義が勃興して、新たなパンドラの箱が開いてしまうのではないか。そんなことも考えています。

──田邊さんがおっしゃった「民主主義や国家主権といった、根元的な理念が問われている」という点について、服部さんはいかがでしょうか?

服部 私と田邊さんが、青学の大学院で国際政治学を学んでいた1990年代前半は、ソ連が崩壊してロシアに民主主義や市場経済が流入するタイミングだったんですね。「いろいろ大変だろうし、苦労もあるんだろうけれど、そういう方向に進んでいくんだろうな」と考えられた時代があったんです。ところがここに来て、そうでない方向というものが浮き彫りになったのが、今回の戦争だったと思います。

 これまでの単線的、あるいは直線的な歴史感が頓挫して、場合によっては逆コースとかまったく異なる着地点とか、そういう方向に進みかねないということですよね。今は「歴史の終焉」みたいなことも言われていますけれど、おそらくわれわれの学んできた国際政治学というものが、今回の戦争によって過去の遺物となってしまったのではないか。そんなことを考えてしまいますよね。

田邊 私も服部さんと同感です。それこそフランシス・フクヤマ的な言い方をすれば、まさに歴史が逆コースを辿っているのではないかと。第二次世界大戦後の線引きをチャーチルとスターリン、ルーズベルトが話し合ったヤルタ会談のように「力のある者が勝手に勢力圏を決めたり、手打ちをしたりする」という、ある種リアリスティックというか、悪しき意味での古典的な政治学の世界に戻ってきた感はあります。

──ところで服部さんは、田邊さんが翻訳した『ULTRAS』をお読みになっているそうですね。どのような感想をお持ちになったでしょうか?

服部 実はまだ読了していなくて、ウクライナをはじめヨーロッパの気になった国の章しか読めていないんですけれども、これは非常に読み応えのある本ですね。「もうひとつの現代ヨーロッパ論」という感じがします。この本で描かれているウルトラスというのは、要するにヨーロッパサッカーの中でも底辺に位置している人々ですよ。普段のニュースとか、大学の講義で取り上げられることは、まずないわけです。

──それでも間違いなく、欧州サッカーの現実の一端であるわけですよね。ウクライナの章では、最近よく語られるようになった、アゾフ大隊についての言及もあります。

服部 ウクライナ東部にある第2の都市ハリコフを本拠とする、メタリスト・ハリコフ、ウクライナ語でいうところのメタリスト・ハルキウというサッカークラブがあるんですが、そこのフーリガングループがアゾフ大隊のルーツと言われています。その後、2014年のユーロマイダン革命の時、国内のさまざまなクラブのウルトラスがアゾフ大隊に馳せ参じて、それが巨大化していったと。同年のドンパス紛争でも、ドネツク州にあるマリウポリの防衛に成功したのは、アゾフ大隊の功績と言われています。

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