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【無料公開】J1最終節に試合のない今治で見たもの しまなみアースランド「moricco × HADO」レポート

 本稿は昨年12月4日、愛媛県今治市にある「しまなみアースランド」で開催された「moricco(もりっこ) × HADO」というイベントのレポートである。Deloitte Digitalに寄稿したテキストを、WM向けにアレンジして無料公開とした。この日は2021年シーズンのJ1最終節。この重要な日に、なぜ私はスタジアムではなく、大自然の中に身を置いていたのか。実は(サッカーとは直接関係ないけれど)これもまたFC今治に関する取材であった。

■里山スタジアムとしまなみアースランドをつなぐもの

「ここから見ると、里山スタジアムの全体像が把握できると思います。着工から1カ月ですが、すでにピッチとスタンドのアウトラインは見えていますよね。来年(2022年)12月には完成して、その次のシーズンから稼働する予定です」

 FC今治の広報スタッフに連れられて、夢スタ(ありがとうサービス.夢スタジアム)のスタンドから、新スタジアムの工事現場を見下ろしてみる。久々に今治を訪れたのは、昨年 12月3日のこと。この週末、Jリーグは最終節を迎えることになっていた。ただしFC今治はアウェイなので、夢スタでの試合はない。

 2021年のFC今治は、J3リーグで15チーム中11位。シーズン中に監督が2回変わる、不本意なシーズンに終わった。その代わりオフ・ザ・ピッチでの話題、とりわけ里山スタジアムに関するメディア露出は多かったように思う。「地域と人々をつなぎ、人々の感性を呼びおこす」ことをコンセプトとした里山スタジアムは、地方創生の拠点として、さまざまなメディアでも紹介された。

 多くのサッカーファンと同業者が、Jリーグ最終節の行方に注目していた、昨年12月最初の週末。あえて試合のない今治を訪れたのは、しまなみアースランドにて開催された「moricco × HADO」というイベントを取材するためであった。主催はFC今治。以下、県外のサッカーファンにはほとんど知られていない、FC今治の知られざる活動を紹介することにしたい。

■「アクティベーション」でつながるFC今治とデロイト トーマツ

 しまなみアースランドは、自然に親しみ、体験を通じて自然との共生を学ぶことを目的に造られた公園である。2011年にオープンし、15年10月にはFC今治を運営する株式会社今治.夢スポーツが指定管理を受託。FC今治がアースランドに関わるようになったのは、岡田会長自身が長年、野外教育や環境教育に強い関心を寄せていたことが大きかった。そのアースランドで、定期的に開催される野外教育イベントが、moriccoである。

 一方のHADOは、AR(拡張現実)技術を導入した体感型のゲーム。ヘッドマウントディスプレイとアームセンサーを装着し、エナジーボールを放ったりシールドで防御したりしながら勝敗を競う。FC今治の岡田武史会長は、この技術を開発した株式会社meleapのオフィスにてHADOを初めて体験。すぐにスポーツとしての可能性を直感して「これだったら、今治でもやる価値はある」と即断している。これが2021年1月の話(参照)

 meleapと岡田会長を引き合わせたのは、FC今治のソーシャルインパクトパートナーである、デロイト トーマツ。次の段階として彼らが目指したのが、今治でのHADOの展開であった。そして今回、デロイト トーマツがフォーカスしたのが、しまなみアースランド。なぜ今治で、それもアースランドでHADOなのか? この疑問に答えてくれたのが、同社のシニアヴァイスプレジデント、里崎慎である。

「moriccoとHADOを掛け合わせることで『自然と技術との融合』をイメージされるかもしれませんが、そこだけを目指しているわけではありません。『地域とヒトをつなぎ、人々の感性を呼びおこす』という、里山スタジアムとのコンセプトが、われわれが目指す『ウェルビーイング(幸福)』に合致したことが、実は大きかったですね」

 そんなデロイト トーマツと向き合っているのが、FC今治のパートナー執行役員である氏家翔太。2019年に入社した時から同社を担当しており、単なる胸スポンサーだった関係性を、よりアクティベーションを高める方向に軌道修正している。アースランドの執行役員も兼任しており、自然学習ができる施設を管理していることを「ウチの強み」と言い切る。

「デロイト トーマツさんとは、従来のサッカークラブとスポンサーの関係性ではなく、同じ理想を実現させるためにタッグを組む相手という認識です。その直近での共同作業のひとつが、2020年の12月に作った環境教育冊子『わたし、地球』。今治市内の小学4年生に配っているんですが、われわれにとっては地域貢献ができますし、デロイト トーマツさんのSDGs活動の文脈にもつながります。今回、われわれの強みであるアースランドを使っていただくことについても、さまざまな可能性を感じながら議論を重ねてきました」

■moriccoとHADOをアースランドで楽しむ一日

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 翌12月4日、デロイト トーマツのスタッフと合流して、午前9時30分にアースランドに到着する。集合場所となった木造建築の学習棟には、20組ほどの親子が集まっていた。少し肌寒いけれども、天気は晴れ。この日は午前と午後のグループに分かれて、まずは1時間半ほど野外でmoriccoを体験。それから学習棟に戻ってきて、今度はHADOを楽しむ。

 待ち時間にSNSを覗いてみると、ちょうど同業者やサッカー仲間たちが、スタジアムに向かう様子が続々とアップされていた。J1リーグの最終節、私がこれから向かうのはスタジアムでなく森。このギャップに、奇妙な高揚感を覚える。

 私は2015年からFC今治を取材しているが、これほどサッカーからかけ離れた現場は今回が初めて。とはいえ、実はこうした必要性を、かねてより感じていた。FC今治を単なるサッカークラブと認識すると、思い切り見誤ることになる。今回の「moricco × HADO」には、他のJクラブには見られない、FC今治のエッセンスが詰まっているに違いない──。

 実際、moriccoに参加していた子供たちは、日常では味わえない体験に夢中になっていた。一心不乱に木登りしたり、火起こしの様子を驚きの眼差しで観察したり、まさに新鮮な体験の連続。「今の子供たちはマッチを擦った経験もないでしょうから、特に火起こしには興味を抱きますね」と、インストラクターの女性が語っていたのが印象的だった。

 その後のHADOについては、さすがにデジタルネイティブの世代だけあって、子供たちの食いつきも非常によい。それ以上に盛り上がっていたのが、子供たちのお母さんたち。何度も行列に並んで、エナジーボールを放っては一喜一憂するお母さんもいた。それぞれの家庭に戻っても、きっとHADOの話題でもちきりだったことだろう。

■HADOは里山スタジアムとどうつながっていくのか?

 今回の取材では、moriccoとHADOを経験した数組の親子に話を聞いている。子供たちに「moriccoとHADO、どちらが面白かった?」と質問したところ、ほぼ半々という結果。一方、保護者には「FC今治がアースランドの運営をしていることをご存じですか?」と尋ねてみると、こちらも半数近くが認識していた。

 余談ながら、この日のイベント会場では岡田会長の姿を見ることがなかった。「いつまでも『岡田さん、岡田さん』では、ダメだと思うんです」と語るのは、執行役員の氏家氏。こういう頼もしい人材が、どんどん前に出てきているのが、最近のFC今治の傾向である。

 とはいえ、今回の「moricco × HADO」が、岡田会長の発案から生まれたのも事実。ここで得られた知見は、今後どのような展開を見せるのだろうか? デロイト トーマツ コンサルティング合同会社のディレクター、原裕之は「環境教育と最新のデジタルを掛け合わせた時、どのような化学反応が起き得るのかを確認するために、今回のイベントを開催しました」とした上で、こう続けた。

「今回、岡田さんが予想以上の反応をしてくださり、氏家さんたちのご協力のもとイベントの実現に至りました。結果として、お子さんと同じく、もしくはそれ以上にHADOに夢中になるお母さんたちもいらっしゃいました。これをお年寄りにも広げることで、地域の健康増進につなげていくことも可能になると思います。健康や教育や環境といった地域課題に対して、デジタルやAR技術を加味してとらえた時、われわれが目指すウェルビーイングとも親和性も高いのではないかと考えています」

 今回の試みは、単に「今治でHADOを行った」だけにとどまらない。まず、FC今治が続けてきた野外教育や環境教育に寄せたことで、新たなタッチポイントが生まれた。そして「地域と人々をつなぎ、人々の感性を呼び起こす」という、里山スタジアムのコンセプトに即したイベントを開催したことについても、十分に意義が感じられた。

 ちなみに、参加者へのアンケートには「里山スタジアムに期待すること」という設問があり、「大人がくつろぎながら子供たちがのびのび遊べるように」とか「サッカーの試合以外でも人が集まる場所であってほしい」といった意見も寄せられた。里山スタジアムの完成予定は2023年。そこに向けて、FC今治とデロイト トーマツによるコラボレーションは、どのような展開を見せるのだろうか?

 次の進展があれば、また稿を改めてレポートすることにしたい。

<この稿、了。文中敬称略>

 

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