宇都宮徹壱ウェブマガジン

同世代の女性同業者から刺激と勇気をもらった話 『ディエゴを探して』と『時給はいつも最低賃金』

「読書の秋」だから、というわけではないが、今週は2冊の書籍にフォーカスする。といっても、そのうち1冊はまだ読んでもいなくて、サッカーを扱った本でもない。ただし共通点もあって、どちらも著者は女性で面識があり(ひとりはオンラインのみ)、おふたりとも私と同世代。ゆえに本稿は書評ではなく、それぞれの書き手の姿勢や取り組みについて思うところを記す。

  まず紹介するのが、私の『蹴日本紀行』よりも少し早く『ディエゴを探して』を上梓した、藤坂ガルシア千鶴さん。サッカーファンにはお馴染みの名前である。かれこれ30年以上、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにお住まいで、現地の貴重なサッカー情報を日々発信されている方だ。そんな千鶴さんが、昨年11月25日に60歳で死去した、ディエゴ・マラドーナについてのノンフィクションを発表。「マラドーナ世代」のひとりとして、これは読まずにはいられなかった。

  マラドーナといえば、リアルタイムで彼のプレーを見たことがない世代でも、1986年のワールドカップでの「神の手」&「5人抜き」ゴールのことはご存じだろう。今ではYouTubeで簡単に当時の映像を見ることができるが、次々と相手守備陣を抜き去ってゴールネットを揺らす一連のプレーは、まさに神の領域と言ってよい。現代サッカーの視点で見ると、確かに組織戦術の緩さは感じられるものの、全盛期のマラドーナであれば2021年のピッチでも異彩を放っていたはずだ。

  そんなマラドーナだから、当然ながら自伝を含めてこれまで多くの関連著書が出版されている。その多くは「偉大なフットボーラーの光と影」といったテイスト。マフィアとの関係や薬物依存など、スキャンダラスなものも少なくない。ところが千鶴さんのアプローチは、まったく違っていた。彼女が探し求めたのは「マラドーナ」ではなく「ディエゴ」。タイトルの『ディエゴを探して』には、そうした意味が込められている。

 「ディエゴとなら世界の果てまで一緒に行く。でもマラドーナにはちょっとそこの角まで付き添うのも嫌だ」

  これは本書にも登場する、マラドーナのパーソナルトレーナー、フェルナンド・シニョリーニの言葉である。アルゼンチンの人々にとって「マラドーナ」は、神のごとく近寄りがたいスーパースターであるが、これがファーストネームの「ディエゴ」になると(特に有名になる以前の彼を知る者にとって)常に弱い者の味方で困っている人を助けずにはいられない、寛容で気立ての良い善人ということになる。

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