宇都宮徹壱ウェブマガジン

【無料公開】チーム崩壊はロンドンから始まっていた? なでしこJAPANの敗北と再生をめぐる対談<1/2>

アメリカの強さを支える「タイトルIX

──先ほど上野さんがロンドン五輪決勝のお話をされていましたが、あの大会は女子サッカーの取材のアプローチを変えるきっかけにもなったそうですね。少し詳しく教えていただけますか?

上野 僕にとってロンドン五輪は、良くも悪くもいいきっかけになっていて、「この大会が終わったら新しいことを3つやろう」と決意したんですね。ひとつは男子サッカーを取材することで、女子だけでなく男子ももっと観ること。次に、女性アスリートについて知るために、サッカー以外の他競技も積極的に観ること。それからもっと世界のトレンドを知ること。サッカーで「世界」というと、やっぱり欧州か南米になるんですけど、女子の場合はアメリカなんですよね。だから定期的に現地取材に行こうと考えました。

──上野さんのアメリカサッカー取材は、ロンドンがきっかけだったんですか?!

上野 もともとMLSやスポーツビジネスに興味があったんですけど、アメリカ女子サッカーだけで取材に行くのは非常に厳しいんですよ。だったら、女子とMLSとスポーツビジネス、この3点セットならば定期的にアメリカに行けるということになったんですよね。サッカーって、どうしても90分の中で語られる傾向が強くて、もちろん戦術もテクニックも大事なんですけど、去年のワールドカップ決勝でアメリカに2-5で負けた試合を見ると、点差以上の絶対的な差を感じたんですよね。社会的なものとか、文化的なものとか。宇都宮さんは「タイトルIX(ナイン)」ってご存じですか?

──いえ、知りません。

石井 アメリカの法律です。男女平等という視点で、例えば男子のサッカー部があるんだったら女子のサッカー部もないと不平等でしょっていう。

上野 その法律が1972年に制定されて、男女のクラブ活動の参加率を同数にしなければならなくなったんです。サッカーも、バスケットボールも、ベースボールも。アメリカの女子サッカーの強さって、カレッジスポーツから来ているんですが、その源流にあるのが「タイトルIX」なんですね。そういう文化的な背景を理解していないと、日米スポーツの差は、埋まっていかないと思います。

石井 カレッジスポーツの話でついでに申し上げると、アメリカにおける女子サッカーという競技の位置付けって、日本と全然違っていて、むしろ「安全なスポーツ」みたいなんですよ。アメリカで人気があるスポーツって、アメリカンフットボールであったりアイスホッケーであったり、プロテクターを付けるものが多い。そうした中、サッカーは女子がプレーをする上で安全性の高いスポーツと認識されていて、それが競技人口の増加につながっているわけですね。

──なるほど。日本だと、まだまだ「サッカーをやるのは危ないから、バレーボールにしておきなさい」という風潮がありますが、アメリカはまったく逆なんですね。

上野 サッカーに関しては、アメリカからも学ぶべき点はたくさんありますよ。中村武彦さんも「アメリカのことを『サッカー不毛の地』と呼んでいるのは日本人だけだ」って言っていますが、実際にはまったくそんなことはないんですよね。

──ですよね。少なくともワールドカップでの成績を見れば明らかでしょう。

上野 そうそう。第1回ワールドカップでも3位になっていますし、14年のブラジル大会でもドイツといい勝負をしているし。アメリカのサッカーって、要するにプロ化が遅れたことと最初の北米リーグが失敗しただけの話で、実はずっと人気スポーツではあったんですよね。そして女子に関しても、40年以上も前に作られた法律で門戸が開かれるようになった。そこの日米の差は大きいと思っています。

<2/2>につづく

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