宇都宮徹壱ウェブマガジン

日本代表の現場からしばし離れて思うこと 「ストーリー」の是非が問われる東京五輪

 東京五輪に出場する、男子サッカーのメンバー18名が発表された。すでにさまざまなニュースで溢れかえっているので、今さら私が付け加えることは何ひとつない。東京五輪については、入場者数の上限1万人の決定や酒類販売見送りなど、開催まで1カ月となった今でも釈然としない報道が続いている。が、そのこととは別に、五輪代表に選ばれた18名(+バックアップメンバー4名)については、精いっぱいのエールを送りたい。そして、ぜひとも金メダルという目標に向けて、持てる限りの力を発揮してほしいと思う。

 さて、すでに先週のコラムでもお伝えしたとおり、今月に入ってからは7月下旬に上梓する写真集『蹴日本紀行 47都道府県のフットボールのある風景』の追い込みで、食事と睡眠以外のほとんどの時間を執筆とそれに関する思考に費やしている。この間、日本代表はA代表、U-24代表、そして女子代表と合計9連戦あったわけだが、私は先月28日のミャンマー戦を最後に、しばらく代表の現場から離れることを決断せざるを得なかった。「執筆に集中したい」という理由もあったが、実はそれは後付けだったりする。

 A代表に関して言えば、ミャンマー戦の勝利でワールドカップ・アジア2次予選の1位抜けが確定。残り2試合は消化試合である。ジャマイカとの親善試合(のちにU-24代表戦に変更)は札幌、残りの試合はすべて関西での開催。首都圏での試合開催であれば現場に行っていたと思うが、仕事の依頼もない中で出張を続けるのは厳しいと今回は判断した。かつては「代表戦」といえば無条件で仕事になったが、今はそういう時代ではない。ならば、自分がやるべき仕事に集中すべし! そう、判断したした次第だ。

 それでも、代表戦の中継を横目で見ながら執筆を続けている時は、いささか後ろめたさのような違和感を覚えたものだ。少なくともコロナ禍となる前は、ワーカホリックのように代表取材を続けていたのだから、当然といえば当然だろう。ならば逆に、関西で取材を続けていたら、どうなっていただろうか。間違いなく写真集の作業は遅々として進まず、別のストレスを抱えながらの取材となっていたはずだ。人間の時間は有限である。ましてや私の場合、第一線の書き手として残された年月は、もはやそれほど長くはない。

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