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クラブ社長が語る「J2年代記」  FC町田ゼルビアの場合<2/2>

クラブ社長が語る「J2年代記」 FC町田ゼルビアの場合<1/2>

<2/2>目次

*行政とのロードマップとライセンス申請断念

*4位となるも昇格プレーオフに参戦できず

J2のサクリファイスだった町田ゼルビア

行政とのロードマップとライセンス申請断念

 2016年、FC町田ゼルビアはJ2の舞台に再び戻ってきた。右も左もわからなかった、2012年とは状況が違う。すべてのJクラブの中で、唯一経験したJFL降格。そこから3シーズンかけて力を蓄え、J1経験のある大分トリニータとの入れ替え戦を制してのJ2復帰である。そしてゼルビアにとり、J2はあくまでも通過点。彼らの目標は、さらに一段上にあった。大友は語る。

「J2に戻ってきたからには、やはりJ1を目指さなければならない。ハード面に関して言えば、まずはスタジアム、そして天然芝の練習場とクラブハウス。人口43万人で土地も少ない自治体にとっては、かなり高いハードルであることは間違いないのですが、それでも町田市と一緒になってロードマップを共有していました」

 このロードマップについて、GMの唐井による興味深いインタビュー記事を見つけた(参照)。記事が書かれたのは2018年で、J2に復帰した16年当時の状況を振り返っている。重要と思われる部分を抜き出してみよう。

 2016年、1年目はJ2残留、2年目はJ2定着、3年目はさらなる夢に向かって、と内々で目標を立ててスタートしました。まだ天然芝のグラウンドをどこに作るといった詳細は何も決まっていないなか、「17年に天然芝のグラウンドを作る」「18~19年を使ってスタジアムを増築する」、そして「2020年にはJ1ライセンスが取れます」というロードマップに(町田市の)石阪(丈一)市長が印を押してくださった。

 バックスタンドの増築は着々と進んでいます。一方で、クラブとしての“J1仕様化を加速させるためには、スタジアム以外にも大きな動きをしなきゃならない。土地は町田市に手配を願うにしても、専用グラウンドとクラブハウスはなんとか自分たちでできないかということで、2017年には会社の定款を変えて増資の枠を大きくし、民間資金資本ではなく自己資本の道を模索し続けてきました。

 J2復帰1年目の16年、就任3年目の相馬監督に率いられたゼルビアは、目の覚めるような快進撃を見せていた。第9節でクラブ史上初のJ2首位に立つと、その後も1桁順位をキープ。プレーオフ進出となる、6位以内を十分に狙える位置に付けていた。しかしこの年、クラブはJ1ライセンスの申請を断念している。理由は「スタジアムがJ1基準を充足していないため」。当時の状況について、大友はこう説明する。

「(ライセンスの)申請は出せませんし、ロードマップ通りに行くかどうかもわからない状況でした。それでもJ1という目標に向けて、行政と歩調を合わせながら市民の理解を得るというところは、前進したととらえています。スタジアムの(J1仕様に向けた)改修についても(2018年に)計画が発表されましたし。ただし、ライセンスの要件はスタジアムだけではないですからね。クラブハウスとグラウンドが、やっぱり重かったです」

 この年、ゼルビアはクラブ史上最高となる7位でシーズンを終了。プレーオフ圏内まで、あと一歩であった。しかし、大友をはじめクラブ関係者の胸の内は、充実感や満足感とは程遠いものであったと察する。いくら現場が努力して、結果を残したところで、昇格の可能性がないという現実。行政とロードマップを作ってはみたものの、それより遥かに高い障壁に、ゼルビアは足踏みを続けるほかなかった。

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