宇都宮徹壱ウェブマガジン

【無料公開】あなたが「大人のサッカーファン」であるならば 名古屋グランパスの件について個人的に思うこと

【編集部より】8月1日(土)11時より無料公開としました。

 今週は、あの件について触れないわけにはいかないだろう。当日になって中止が発表されたJ1リーグ第7節、サンフレッチェ広島vs名古屋グランパスである。SNSを見ると「名古屋の選手の中に新型コロナの陽性者が出た」ことが中止の理由だと思っている人が少なくないようだ。しかし、実際は違う。PCR検査で陰性だった名古屋の選手16名とスタッフ1名が広島入りしていたものの、保健所による濃厚接触の確認に時間がかかってしまうため、名古屋からの要請を受けたチェアマンの判断で試合が中止となったのである(ご存じの方のほうが多いと思うが念のため)。

 つまりJリーグが重視したのは、クラブに感染者が出たこと以上に、濃厚接触者と認められた選手を除外した結果、名古屋の選手が14名以下となる可能性があったことだ(Jリーグの規定では、試合開催が可能な人数はGK1名を含めた14名以上としている)。たとえクラブに陽性者が出たとしても、試合そのものは開催できるガイドラインはできていたのである。ただし、濃厚接触の有無を判定するのは保健所であり、Jリーグの要請ですぐに動けるというものではない。この点については、さらに改善の余地があると言えるだろう。

 ここで余談。リーグ戦再開以降、直前の試合中止(あるいは延期)はJリーグではもちろん初めてだが、実は1週間前の関東リーグ1部でも起こっている。カードは、7月19日に予定されていた、クリアソン新宿vs VONDS市原FC。クリアソン所属の選手が、濃厚接触者であるとの認定を保健所から受けたのが理由である。当該選手はPCR検査を受け、検査結果は前日の20時に判明することになっていたが(結果は陰性)、その前にリーグ側で延期を決定。そして20日にはリーグのHPにて、延期の理由をアナウンスしている(参照)

 クリアソンについては「その後」が気になったので、25日のホームゲームを取材してきた。関東をはじめとする地域リーグでは、基本的に「顔パス」状態の私だが、今回は事前申請が必要。会場に到着すると受付で検温を受け、さらに体調や渡航歴などの質問に答えて、ようやく撮影用のビブスがもらえる。今季はまだ他の地域リーグやJFLを取材できていないが、おそらくどこも同じような対応をしているのだろう。ウィズコロナ時代の対応を強いられているのは、アンダーカテゴリーのリーグも同様である。

 とはいえ地域リーグやJFLの選手は、Jリーガーよりもむしろ、われわれ一般人に近い生活をしているのも事実。さすがに「夜の街」に繰り出すことはないと思うが、それでも普通に電車に乗っているだろうし、外食でランチを済ませることも多いはずだ。それに比べて今のJリーガーは、感染リスクを可能な限り低くするべく、涙ぐましいまでにストイックな生活を続けている。今回、感染が判明した宮原和也と渡邉柊斗についても、名古屋の小西工己社長によれば「(生活に必要な)買い物以外は外出していない」とのことであった。

 宮原は24歳、渡邉は23歳。いくらプロフットボーラーとはいえ、あなたの職場にいる新卒2〜3年目と同世代の若者たちである。そんな彼らが、トレーニングと試合、それに伴う移動以外はほとんど選手寮から出ることなく、顔を合わせるのはチームメイトやスタッフのみ。まったく息抜きできず、愚痴を言う相手もおらず、SNSで不満を漏らすこともままならない。ストレスは溜まる一方だろう。しかもこれに、感染への恐怖と重圧が加わる。もしもPCR検査の結果が陽性だったら、チームに、クラブに、そしてリーグに「迷惑がかかる」というプレッシャー。

 プロフェッショナルなのだから、ストイックであるのは当然という意見は、ある意味正論である。それでも、想像してみてほしい。あなたが20代の頃、いつ終わるかもわからない恐怖や重圧を抱えながら、全力で仕事に集中することができただろうか。私は正直、自信がない。しかも最近のニュースにあるように「移動中の食事も自粛!」と言われたら、どんな気持ちになるだろう。試合後の移動中、たとえ空腹であっても何も口にせず、マスクをしたままじっと目を閉じている選手たち。いくらプロだからといって、私にはつくづく彼らが不憫に思えて仕方がない。

 それでは、選手ではない私たちにできることは何だろうか? できることは限られているが、それでも確実に履行可能なことはある。まず、陽性反応や感染が確認された選手やクラブに対して、差別や偏見を助長するような誹謗中傷をしないこと。そしてスタジアムにおいては、Jリーグが定める観戦プロトコルを遵守することである。「なんだ、そんなの当たり前じゃないか!」と思われるかもしれない。しかし残念なことに、その「当たり前」を平然と破って恬として恥じない者が、少数派ながらいるのである。それも、いい大人が!

 私は自分が、決して立派な大人だとは思っていない。また「誰それが我慢しているのだから、お前も我慢しろ!」という物言いも大嫌いだ。だからこそ「自粛警察」じみた言動も、本来は慎むべきだと考える。しかしながら今季に限っては、Jリーグの全日程をコンプリートするために、それぞれが我慢と自己犠牲を強いられるのは致し方ないと腹をくくることにした。実際のところ、すべてのJリーガーが感染防止のために、毎日を耐え忍んでいるのだ。それを知ってなお、客席で飛沫を飛ばすような輩がいたなら「サッカーファンなんか辞めちまえ!」と、柄にもないセリフを吐きたくもなる。

 試合中にチャントが歌えない、ビールを飲みながら観戦できない、ゴールが決まってもハイタッチができない。確かに、辛いことではある。それでもスタジアムから出てしまえば、あなたはプロトコルから解放されるのだ。選手たちは違う。試合が終わってからも、さまざまな規制や制約を受け入れながら、次の試合に向けて粛々と準備を続けるほかないのだ。スタンド観戦をする際、思わず声を挙げそうになったら、そのことをまず思い出してほしい。あなたが「大人のサッカーファン」であるならば。

 最後に、クリアソンについて再び余談。私はこのクラブが「新宿」を名乗っていることに、強い興味を抱いている。新宿には東京都庁があり、都知事が目の敵にしている「夜の街」もある。その新宿をホームタウンとしているクリアソンが、コロナ禍によって試合延期を強いられたことに、ある種の運命的な符合を感じずにはいられない。よって私は「ウィズコロナ時代の地域リーグ」をテーマに、このクリアソンをしばらく取材することにした。その成果は、いずれ当WMにて公開するので、楽しみにお待ちいただきたい。

<この稿、了>

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