宇都宮徹壱ウェブマガジン

われわれは『100日後に死ぬライター』なのか? 新型コロナウイルスの遅効性の毒を回避するために

 かなり周回遅れなのを承知で、先週から話題になっている『100日後に死ぬワニ』を一気読みすることにした。著者のきくちゆうきさんのTwitterアカウントを探り当てて、まず驚いたのがフォロワーの数。何と、約220万人である。安倍首相のフォロワー数(約173万人)よりも多く、直近の2週間だけで71万人も増えたそうだ。いかに多くの人たちが『100日後に死ぬワニ』に注目していたことの証左と言えよう。当然、そこにビジネスチャンスを嗅ぎ取る人たちも出てくるわけだ。

 この作品で私が注目したのは、主人公のワニくんが「100日後に死ぬ」ことについて、読者がそれを承知しながら毎日読んでいたという事実である。主人公の運命を、神のような高みから観察できるという、ある種の全能的優越感。もちろん、その間には主人公に対する感情移入もあっただろう(私自身もそうだった)。だが、それ以上に読者が無意識に求めていたのが「運命づけられた死」を俯瞰できる視座ではなかったか。そしてそれこそが、この作品が多くの人を惹きつけた一番の要因だったように、私には感じられる。

 この作品の続きを私なりに妄想するならば、ワニくんの物語を読んでいたわれわれもまた、さらなる高みの存在から「n日後に死ぬ」までの日常を観察されている構図である。サッカー業界に置き換えてみると、Jリーグの延期が発表された2月25日から物語は始まる。当初は3週間後には再開予定だったのに、その後も延期に次ぐ延期に戸惑う主人公のサッカーライター。試合がない状況はそのまま続き、ついには100日後の6月4日に迎える死。本質的な死ではなくても、ライター生命を絶たれる可能性は十分にあり得よう。

(残り 1870文字/全文: 2575文字)

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