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【無料公開】蹴球本序評『新GK論 10人の証言から読み解く日本型守護神の未来』田邊雅之著

 海外取材でしばらく留守にしている間、何冊かのサッカー本が自宅に届いていた。送っていただいた版元の皆様には、この場を借りて御礼を申し上げる次第。すべてを紹介するのは難しい状況だが、それでも読んだものから一冊ずつ当コーナーで取り上げていくことにしたい。まずは、こちらの作品の「まえがき」から。

「あとはやはり、GKのレベルアップがポイントになると思う」

 サラエボ市内の目抜き通りにある、小さなレバノン料理店。テラス席に座ったイビチャ・オシムは、こちらの目を見据えながら、念押しするように繰り返した。

 オシムは昔から、日本サッカーに様々な提言を行ってきた。

 最もよく知られているのは、日本サッカーの日本化というテーゼだろう。

 体格に劣る日本人選手が世界と戦うには、組織力が連動性、スタミナ、アジリティで勝負していくしかない。オシムが示した未来へのヴィジョンは、強い説得力を持っていた。膝を打ち、何度も首肯された方も多いのではないか。

 僕自身もそんな一人だったが、国内外でサッカーの取材を続けるにつれて、とある疑問が頭をもたげるようになった。はたしてオシム流のロジックは、GKにも当てはめ得るのだろうか、というものである。

 著者は、ジェームズ・モンタギュー著『億万長者サッカークラブ サッカー界を支配する狂気のマネーゲーム』で今年の翻訳サッカー本大賞(2度目)を獲得した、田邊雅之さん。田邊さんといえば翻訳家のイメージが強いが、実は優れた書き手であり編集者でもある。これまでは「海外サッカー」を主戦場としてきた田邊さんが、今回はあえて「日本人選手」それも「GK」というテーマに取り組んでいることが、まず目を引いた。

 登場するのは、楢崎正剛、東口順昭、林彰洋、権田修一、シュミット・ダニエル、西川周作、川島永嗣といった歴代日本代表経験者。そしてGK指導者として、山田栄一郎、リカルド・ロペス、加藤好男の各氏にも取材している。各インタビューはいずれも示唆に富んだものとなっているが、私が興味深く着目したのが取材時期であった。最も古いものが権田と西川で2014年。今から5年前である。

 実はいずれのインタビューも『スポーツ・グラフィック・ナンバー』で掲載されたもの。この2つの記事が起点となり、わが国では数少ない「GK論」の書籍化へとつながるわけだが、発売までに5年の歳月を要することとなった。幸い『フットボール批評』編集長の森哲也さんの「やってみましょう!」の一言で実現の運びとなったが、編集者との幸運な出会いがなければ、あるいはお蔵入りになっていたかもしれない。

 このように勇気をもって決断し、とことん書き手と伴走する編集者が、最近は(特にサッカー界隈では)本当に少なくなった。「ネットでバズったから書籍化」を全面否定するつもりはないが、じっくりと時間をかけて丁寧に作られた作品がめっきり減ったのは、いち読み手としても寂しい限り。本書が提示したのは、実のところ「日本型守護神の未来」だけでないようにも感じる。定価1800円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆☆★

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