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【無料公開】蹴球本序評『アフター1964東京オリンピック』カルロス矢吹著

 今年の3月11日は、東日本大震災発生から8年であり、翌12日は東京五輪の開催500日前に当たる。「復興五輪」という言葉に違和感を覚える人は少なくないと思うが、1964年の東京五輪もまた「敗戦からの復興」という側面が極めて濃厚な大会であった。

 ことわが国に関しては、五輪と復興は親和性が高いようだが、肝心のスポーツ面(競技レベルの向上と普及、競技施設の整備と大会後の活用など)がおろそかになってしまっては本末転倒。本書の筆者も、そのことを念頭に置きながら筆を起こしている。「はじめに」から引用しよう。

 2020年、2回目の東京オリンピック開幕が間近に迫っています。

 前回大会は、1964年に開催されました。大会に併せて作られた交通網や上下水道といったインフラが、敗戦後に日本が経済大国として復興することを後押しした──64年の東京オリンピックは歴史的にそう総括されています。

 しかし64年大会の恩恵を最も受けたのは、他ならぬスポーツ界のはずです。(中略)それにもかかわらず、64年大会に出場したオリンピアンたちのその後が語られることはほとんどありません。(中略)メダルを獲得できなかった競技では、そもそもメディアへの露出自体が極端に少ないまま。中にはすでに鬼籍に入られた方もいます。

 前回の東京五輪のオリンピアンの証言を集めるという、ありそうでなかった、それでいて極めて意義のあるノンフィクションである。著者のカルロス矢吹さんは1985年生まれ。おそらく最初に記憶に残っている五輪は、92年のバルセロナ大会あたりであろうか。一方、本書の取材対象者は、そのほとんどが1930年代から40年代生まれ。まさに祖父母と孫という年齢差である。

 この世代間のギャップに加え、扱う競技は陸上、体操、カヌー、柔道、ボクシング、馬術、サッカー、フェンシング、飛び込みと多種多彩。インタビューに臨むにあたり、もちろん入念な下調べをしていただろうが、どんな取材対象に対しても果敢な接近戦を挑み、最後は握手して別れることができる。取材現場でのアジリティと度胸の良さに、あらためて感服した次第だ。

 実は矢吹さんはライターの他にも、コンサート運営や美術展プロデュース、さらには日本ボクシングコミッション試合役員という肩書を持っている。扱うジャンルもスポーツのみならず、音楽、ファッション、アート、旅行と多岐にわたる。そうした幅広い仕事の積み重ねが、本書で発揮された現場力の源となっていたのは間違いないだろう。

 若き才能の筆致を楽しみつつ、「スポーツと復興」というテーマを1964年と2020年というふたつの時間軸から考察すると、さらに味わい深い読後感が得られそうだ。定価1600円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆☆☆

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