宇都宮徹壱ウェブマガジン

今明かされる「大迫半端ないって」Tシャツ顛末記 デザイナーが語る「大会そっちのけ」の日々<1/2>

 森保一新体制が初陣を終え、本田圭佑もカンボジア代表の(実質的な)監督デビューを果たし、いよいよ世界のサッカーシーンは「次の4年」のサイクルに入っていった。ロシアでのワールドカップの日々が、すでに記憶の領域へと移行しつつある中、そろそろ大会期間中のエピソードの落ち穂拾いを始めることにしたい。今回は「大迫半端ないって」について。われわれサッカーファンには、とうの昔に手垢にまみれていたこのネタは、コロンビア戦での大迫勇也のゴールによって、予想外のリバイバルを果たすこととなる。

 ご存じない方もいるかもしれないので、事の経緯を簡単に説明しておこう。発端は、2009年1月の全国高校サッカー選手権。大迫を擁する鹿児島城西高校は、準々決勝で滝川第二高校と対戦し、62で勝利。大迫も2ゴールを挙げている。試合後、滝二のキャプテンがロッカールームで号泣しながら「大迫、半端ないって! あいつ半端ないって! 後ろ向きのボール、めっちゃトラップするもん。そんなんできひんやん、普通」と叫んだシーンは、サッカーファンの間で一時的な話題となった。

 その後、大迫は鹿島アントラーズでの活躍が認められ、13年には日本代表でもデビューすると、いつしか日本代表のゴール裏に「大迫半端ないって」と書かれたゲーフラを目にするようになる。ところがゲーフラに描かれている顔は、どう見ても大迫ではない。それが、選手権で敗れた滝二のキャプテンだったことを知ったのは、少し経ってからのことであった。このゲーフラと「半端ないって」Tシャツをデザインしたのが、今回お話を伺ったデザイナーの浅野恵一さんである。

 浅野さんはEXFAというブランド名で、これまでにもさまざまなサッカーをモティーフにした商品をデザインしている。「半端ないって」Tシャツも、そのアイテムのひとつであったわけだが、大迫がコロンビア戦でゴールを決めた6月19日以降、彼の生活は一変。その経緯と詳細を語っていただいたのが、これからご覧いただくインタビューである。4年に一度のフットボールの祭典、ワールドカップ。それは、どのようにブームを生み、メディアを巻き込み、そして消費されていくのか。浅野さんの身に起こった出来事は、決して単なるネタでは済まされない教訓を含んでいる。

 実は浅野さんには、当WMのロゴデザインで個人的にも大変お世話になっている。今回、初めてインタビューさせていただいたのだが、「本当に申し訳なく思っています」という言葉が何度も出てくる。今回の騒動については、彼自身が被害者だと思うのだが、自分と家族のことよりも、Tシャツを発注した顧客をはじめ各方面に迷惑をかけてしまったことへの反省のほうが、より重く感じられたようだ。今回、インタビュー記事として形に残すことで、浅野さん自身の区切りとなることを願わずにはいられない。(取材日:2018年8月1日@東京)

<目次>

*すべての始まりは6月19日のコロンビア戦

*13年の第一次「大迫半端ないって」ブーム

*「お父さん、大変なことになっていますね」

*自宅まで押しかけるワイドショーの記者

*サッカーファンでない人がたくさん買っていた?

*中西さんには「本当に申し訳ありませんでした」

すべての始まりは6月19日のコロンビア戦

──8月に入って、ワールドカップの熱狂も記憶の彼方へ移行しつつある今日このごろですが、浅野さんにとって今回のロシア大会はどのようなものだったんでしょうか?

浅野 実はですね、大会は僕の中では6月19日の大迫のゴールでほぼ終わってしまったんですね(笑)。

──そこで終わりでしたか(笑)!

浅野 そうです。あの直後から、「大迫半端ないって」Tシャツの受注発送と顧客対応しかやっていなかったですね。それで(ラウンド16の)ベルギー戦の夜は、たまたまPCの調子が悪くて、そこでようやく試合を見ることができたんですけど、それまではワールドカップを見ることなく、ずっと発送と対応に追われていました。

──つまりセネガル戦とポーランド戦がすっぽり抜けていると。大迫のゴールが決まってから、初日でどれくらい注文があったんでしょうか?

(残り 3856文字/全文: 5553文字)

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