宇都宮徹壱ウェブマガジン

『WM外伝 徹マガの蹉跌を超えていけ!』 Vol.2 表現者とお金の香りについて text by 中村慎太郎

お金の香りがする男

 前回は、宇都宮徹壱さんへのインタビューを行ったが、「表現とビジネス」というところに話が落ち着いた。今回は、辿り着いたテーマを深めていこうと思う。

 そもそも、作家業というのはどのくらいお金が入るものなのだろうか。本を出すとなると、莫大な印税が入り、一生安泰になるというようなイメージを持つ人もいる。実際にぼくも、『サポーターをめぐる冒険』を出版したあと、「車買った?」とか「がっぽり儲けてるでしょ」などと再三言われるものだ。

 しかし、書籍を出してもそれほどお金が入るものではないことを伝えると、安心したような顔をして、関心がなくなっていく。どうしてこういった反応になるのか不思議であったのだが、最近になってようやく理由がわかった。

 ぼくから「お金の香り」が消えたからだ。

 あの時、どう返答するのがベストだったのか今なら分かる。

「本は大して儲からないよ。でも、実は、ここだけの話、もっと大きな狙いがあるんだ」

 著者の印税は、契約によって多少の増減はあるものの10%程度である。本の価格が1500円であった場合には、1冊売れるごとにおおよそ150円程度が著者に入る計算だ。1000部売れた場合には15万円である。

 1万部売れたら150万円。昨年一番売れた本とされている『90歳、何がめでたい』(佐藤愛子著、小学館)については105万部売れたらしい。印税率10%として計算してみると約1億円である。少なくとも何千万円かは入るわけで、ビッグビジネスのように思えてくる。

 ただ、1万部を超えるような書籍はそうそうない。ましてやサッカー本で1万部というのは、日本代表選手の書籍を除くと、かなりの大ヒット作である。それでも100万円単位の印税が入るわけなので、良い仕事のようにも見えるかもしれない。しかし、本を書くのは非常に手間がかかる。

 ぼくの『サポーターをめぐる冒険』は、執筆時間だけでおおよそ400時間かかっている。初めての著書で手間取ったのもあるのだが、それにしても時間がかかった。取材やPR活動なども入れると、時給換算で1000円程度の収入である。コンビニバイトと変わらないのである。

 賞を取って、結構売れた本でも、そんなものなのである。そして、本を出したからと言って、特に仕事が増えたわけでもない。賞を取ってもあまり変わらない。どうしてなのか。

 今思うと、ぼくには「お金の香り」がしなかったのだ。

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