【育成論】本質が大事という人みんなが本質を分かっているわけではないジレンマ。できないからやらないじゃない。やらないからできないんだ。
▼ 本質ってなんだ?
夏の一時帰国の振り返り。
今回は育成スペシャリストの池上正さんと3度対談する機会があった。最初は大阪の梅田で、そして大分県大分市と中津市でそれぞれ。これまでに何度も池上さんとは対談をしているし、プライベートでも親交させてもらっている。
話題はいつも《サッカー》と《育成》と《指導者》。お互いの経験と知見をぶつけ合ってディスカッションできる時間がとにかく刺激的で楽しい。同じテーマで話していても、いつも違う視点やエビデンスが加わってくるから、尽きることなく意見をぶつけ合うことができる。
《本質が大事》とみんなが口にする。
「表面的なことにとらわれずに、本質を見極めて、そこにアプローチしていかなきゃですね」とうなづいてくれる方々がたくさんいる。
でも、と思うことが僕にはある。
本質が大事と口にしている人が必ずしも本質を正しく理解しているわけではないし、本質を正しく理解している人が本質的なアプローチをできるというわけでもないのだ。
「言った」というのは、
「聞いた」ということにはならない。
「聞いた」というのは、
「理解した」ということにはならない。
「理解した」というのは、
「納得した」ということにはならない。
「納得した」というのは、
「把握した」ということにはならない。
「把握した」というのは、
「実践できる」ということにはならない。
認知心理学的見解でこうした考え方がある。これは拙著「サッカー年代別トレーニングの教科書」にも書かれている大事な点だ。
本質が大事だというのならば、本質とは何なのか、本質に取り組みにはどうしたらいいのかを追い求めなければならないし、そのためには基本的なスポーツ生理学、教育学、臨床心理学、スポーツ心理学、栄養学、コーチング学などを丁寧に学ぶことが必要なはず。何を学んだらいいかわからないという方も少なくないが、学ぶべきことはそこにあるのだ。基本的なことから着実な学びをしていく以外の近道などない。そのための本も、講義もたくさんある。そしてインプットした知識を時間を取って整理して、アウトプットして、フィードバックをもらって、整合性を調整して、実践を繰り返していくことが欠かせない。そしてそのためには学ぶための時間を捻出することだって真剣に考えなければならない。
「本質が大事」という言葉に酔うことほど本質的じゃないものはない。
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