中野吉之伴フッスバルラボ

【きちルポ】クリスティアン・シュトライヒ①トップチーム監督になる前のシュトライヒに3度出会ったことがあった

▼ シュトライヒ・ロスのはじまり

SCフライブルク監督クリスティアン・シュトライヒが今季限りでクラブを離れることを表明した時に、フライブルクのファンを襲った空虚感をどのように表現することができるだろう。

「ものすごく残念」
「心にぽっかり穴が開いてしまった」
「シュトライヒロスになりそう」

いや、そんな次元なはずがない。よく日本のスポーツシーンと比較をしたら?と聞かれるけど、どう説明したら《ピン》ときてもらえるのか。

「長嶋茂雄や王貞治が引退を表明した時みたいな?」

違う。全国区のヒーローが華々しく現役から去るのとはシーンが全然違う。

人口22万人のフライブルクで10年以上トップチームの監督を務め、その前に育成指導者を17年務め、2部に落ちそうなときでさえクラブやファンや選手が信頼を失うことが一度もなく、2部に落ちてもすぐにチームを立て直して1年で1部へ返り咲き、年間予算で大きな差があるトップクラブ相手に2年連続ヨーロッパリーグ出場権を勝ち取り、クラブ史上ドイツカップ決勝進出という夢物語を生み出してくれた御仁に比肩しうる存在などそうはいるわけがない。

悲劇度でいえば自分の愛すべき存在が遠くへ行ってしまうという事象だと思われるが、もちろんそれも激しい悲しみなのだけど、打ちひしがれることなのだけど、それにしてもあくまでも自分と当事者とその近辺の親しい人たちとの関係。

シュトライヒとフライブルクはその関係性が1対数十万人であり、それぞれが10年以上の強い結びつきを築いており、しかもその数十万人のファン同士が共有している愛という状況なのだ。

フライブルクに暮らすほぼすべての人にとって愛情を傾けて、そこにいて当たり前の存在がいなくなることを想像してもらうことが果たして可能なのか。

「カフェから珈琲がなくなる」「食卓から白米が消える」「明日から太陽がいなくなる」くらいの規模でのショックや失望を僕らは感じている。それくらい《ありえないこと》と強調したらわかってもらえるだろうか?

ふと思い立ってシュトライヒのことを書き出してみたら1万2千字にもなってしまった。正直これでもまだまだ書き足りないけど、全部を書いていたらたぶん書籍にできるくらいの量になる。フッスバルラボでは3回に分けてシュトライヒについてをお送りしたいと思う。

▼ シュトライヒとの出会い

僕自身シュトライヒとの関わり合いは深い。

最初の出会いは2009年。SCフライブルクU15での研修期のことだった。当時シュトライヒはU19監督で、監督室で幾度となく顔を合わせ、挨拶だけではなくサッカーについて、育成について、指導についてのディスカッションをしたものだ。

そもそもでいえば、シュトライヒと僕は同じ古巣クラブを持つ。フライブルガーFCがそうだ。

着飾ったところは全くなく、いつでもオープン。ただ、指導者としての当時のシュトライヒは今以上に激情家だったのは間違いない。これは本人もそう公言している。

例えば、バイエルンのトーマス・トゥヘルとはシュトライヒがSCフライブルクU19監督、トゥヘルがマインツU19監督時に何度も対戦している間柄。当時を振り返り、トゥヘルが「僕らは試合中よりも試合前と試合後の方が理解し合える関係だった。どちらも情熱的にそれぞれのチームのために戦っていたんだからね」と話しているのが印象深い。

マインツの育成ダイレクターだったフォルカー・ケルスティングは「クリスティアンとトーマスとはいつもクレイジーなことがあった。試合前には親しげにハグをして、試合後には心から互いの健闘をたたえ、別れの言葉を掛け合う。だが試合となると3分も立たないうちにどちらかが相手ベンチに対して相当辛辣な言葉を飛ばす。特別な愛情関係にあるとしか言いようがない」と苦笑する。

指導者としての実力はだれよりも認めあう二人。シュトライヒはフライブルクの育成アカデミーにトゥヘルを獲得しようとしたし、トゥヘルはマインツ育成アカデミー時代にシュトライヒを獲得しようとしていた。だがお互いにこの誘いを断っているのは、強烈なパーソナリティを持つ両者がうまくかみ合うのは難しいと思っていたからだろう。

シュトライヒは「トーマスと私が合うかって?それはない。かつての恋人の中には息を引き取る瞬間まで愛しているが、2人だとまったくかみ合わないという間柄だってあるだろ?」と話していたことがある。

言い得て妙というか。

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