中野吉之伴フッスバルラボ

【きちルポ】ドイツW杯メンバー発表記者会見で垣間見たハンシィ・フリックドイツ代表監督の優れた人間性

▼ フリックからのメッセージ

優れた指導者には優れた人間性が欠かせない。

ドイツ代表監督ハンシィ・フリックはクラブレベルで6冠に導いたバイエルン監督時代も、ヨアヒム・レーフ監督の右腕として代表でアシスタントコーチをしていた時代も、その人間掌握術の素晴らしさに定評があった。

優れた人間性とは何か。

いくつか要素があるが、その中の一つに「何が大事かを見定め、そこにフォーカスをあて、やるべきことから目をそらさずに、勇敢に取り組める」というのがあると思われる。

カタールW杯ドイツ代表メンバー発表の席でそれを感じさせられた。

冒頭の話だ。誰かに質問されての答えではなく、自分からの発信。代表メンバー選出についての話をしたあとに、開催国カタールについての思いを口にしていた。

「カタールで起こっていることについてだ。言葉にならないことが起こっている。DFBとして、チームとして、選手にはスポーツに集中することが大事だ。だが、カタールで起こっている人権的な側面についてはっきりと言葉を発していかなければならない。

目を背けない。耳を閉ざさない。私たちの課題でもある。関心を持って取り組む」

FIFA会長が「政治のことには深追いせず、スポーツに集中しよう」となんとも表面的なお願いをしていたが、そんな忖度に巻き込まれるつもりはない。自分達の立ち位置を明確なものとするメッセージ。選手ともそうした話をしていると明かしていた。

政治的なことだけではない。会見の最後に伝えたいことがあるといって口にしたのにも、とても心を揺さぶられた。それは、僕らがサッカーの以前に考えなければならない大事なテーマについてだった。

「13年前の今日、ロベルト・エンケがこの世を去った。私も代表チームのスタッフだった。大きなショックだった。どうか人間との関わりを意識的に持っていくことを忘れないでほしい。そこへの考えをもってほしい。今日という日に、ロベルトのことを追悼してほしい」

エンケは2010年南アフリカW杯でドイツ代表入りも期待されていた優れたGKだった。所属クラブのハノーファーではキャプテンを務め、誰からも愛される選手だった。ところが、09年、うつ病が理由で自ら命を絶ってしまう。

突然のことに、誰もが言葉を失った。プロの世界だからとどんな批判もされていいわけがない。プロスポーツ選手も人間で、彼らの安全は守られなければならない。エンケの未亡人テサラさんはロベルト・エンケ基金を立ち上げ、うつ病に苦しむ人に手を差し伸べるための活動に取り組んでいる。

ロベルト・エンケの自死から10年。心のケアのあり方について改めて考えた日

W杯という世界最大級の国際大会だからこそ、僕らは世界を、社会を表面からだけではなく、一度立ち止まって、互いに理解し合える機会としてとらえることがとても大切なのではないだろうか?

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