中野吉之伴フッスバルラボ

【キチの挑戦】理想郷なんてない。ドイツサッカーにだっていろんなことが起こる。でも僕には仲間がいるからこれからも歩いていけるんだ

▼ 解任騒動の真相

ドイツサッカーは何もかもが素敵なところというふうに語られれたり、書かれたりすることがある。

サッカー人口世界一。リーグ戦が充実していて、グラスルーツの隅から隅までグラウンド施設が充実していて、サッカーをやりたい人ならだれでも楽しめて、補欠なんていなくて、怒鳴り散らす指導者なんていなくて、みんながみんないつだって自然に健全に成長していくことができる場所。

まるで理想郷であるかのようだ。でもね、この世の中に何もかもが過不足なく自分のイメージ通りにこと進むなんて夢のような世界はない。世界がどれだけ広くても、いいところしかないなんて場所はどこにもないんだ。

ドイツサッカー界だってそうなんだ。素晴らしいところはたくさんある。学ぶべきことは多い。参考にすべきところは次から次へと出てくる。僕は基本的にはネガティブなことを書いたり、口にしたりしないようにしているけど、それは解釈一つでいくらでもポジティブにとらえることができるし、いろいろとある中でも大切だと思われる考え方や活動にフォーカスを与えて、自分達もそこからアイディアやヒントを得たほうがいいと思っているからだ。

でもドイツで20年近く現場で活動をしていたら、そりゃいろんな経験をする。悪いことも、気分の良くないことも、納得いかないことも、理解できないことだってそりゃあるんだ。

今回僕が遭遇した《解任劇》はそうした意味で、めったにないほどいろんなことが絡まり合ったものだった。

▼ グラスルーツの育成でも解任・辞任は普通にある

ドイツをはじめヨーロッパやほかの国々ではグラスルーツの育成サッカーでも、監督やコーチが辞任したり、解任されたりするのは普通のあるある話だと思う。ボランティアとして精力的にやってもらっているからと何をやってもいいなんてことはなくて、そこで明らかに間違った方向に進もうとしているならば、ストップがかけられるというのは常識的に考えても正しい。そのために育成部長や育成コーディネーターといった立場の人たちがいるわけだし、彼らを中心に自分達クラブの立ち位置やあるべき姿を模索していく。

でも今回の僕みたいにシーズン途中での解任となると、それなりの問題や騒動がないと起きない。僕がこれまで遭遇してきたのも《指導者がつい選手に手を出してしまった》とか《指導者がすごい高圧的で罵声ばかりあびせる》とか、これはもう交代させないわけにはいかないよね、という事例があった時のみ。

そうしたことが全くなかったにもかかわらず、なんでクラブを追われることになったのか。これは僕にしてもまとめるのがとても難しい作業だった。解任直後に書いたらきっとものすごく感情的で一方的な見方になっていたと思う。だから、少し時間をおくことが必要だった。信頼できる仲間と話をすることが必要だった。今でも完全に気持ちの整理ができているわけではないし、どうしたって主観的な見方にもなってしまっているかもしれないが、自分なりに冷静に整理してみた。

▼ 少しずつ顕在化していたクラブ内の変化

僕が所属していたフライブルガーFCは一般的な街クラブと比べて相当育成にも力を入れていると思う。それぞれが勝手に指導をするんじゃなくて、自分達がイメージするサッカーを具現化するためにそれぞれの年代で、どのような取り組みをしていくべきかというのを考えようとしていた。そのためにコロナ禍のロックダウン中にプロジェクトチームを作ってコンセプトの最適化を図ってもいた。

ただそれは育成指導者間の共通認識がここ数年薄れてきていたという事情の裏返しでもあったんだ。その要因はフライブルガーFCでトップチームの監督と育成コーディネーターを兼任していたラルフ・エッケルトが、クラブ首脳陣と方向性が合わなくなったためにやめてしまったことだ。それまでエッケルトを中心に作り上げられていた育成コンセプトだったこともあり、彼がいなくなったあと少なからず形骸化しだしていたんだ。「以前までの雰囲気とちょっとずつ変わってきているなぁ」と気にはなっていたけど、それをここ1-2年さらに強く思うようになっていた。

うちのクラブは非常に若い指導者が多い。20代前半から30代前半ばかりで、それこそ40台となると僕のほかにあと一人しかいない。年齢が指導者にとって絶対的に必要とは思わないし、若い彼らの中には優れた指導力を持っている子も多いというのは認めるところ。ただ、育成年代の指導者というのは「サッカーを教える、サッカーを伝える、そのためのトレーニングをして、試合の準備をする」だけの存在ではない。人間性へのアプローチ、自主的な取り組みへの関わり方、ミスをした時の対処法など、さまざまな関わり方が必要になる。その年どのような成長を見せるかだけではなく、その後どのような成長に結びつくかという視点だって必要だ。

そうした点で僕は年配指導者の存在は本当に大きいと思っている。

もちろんそれなりのサッカー知識とトレーリング理論などがあること、しっかりコミュニケーションが取れることなどは必要要素なのは言うまでもない。ひょっとしたらトレーニングにおける指導力では分が悪かったり、最新のトレーニング理論に対応できてない場合だってあるかもしれないけど、子供たちとの向き合い方、社会人としてのこれまでの取り組み、それこそ《ミスをした時にどうやって自分と見つめ合ってそこから立ち上がってきたか》なんてのは、まさに年の功そのものではないか。

そうした要素がクラブから見受けられなくなっている危険性を僕なりに感じていたから、今年の春先に育成部長に「来季僕をU12監督として、U8-U11までのチームマネージャーにしてほしい。そして特にジュニア年代における取り組みを整理させてほしい」という話を持っていき、了承をもらっていた。ただそこからなかなか動かせてもらえなかった。「このあたりをもっと」みたいな話を振ると、「そうだよな。そこは大事だな」という返事はしてくれるけど、そこから具体的な動きが出てこない。

そうかと思うと、これまでクラブ在籍歴も長く、指導力も相当高い指導者がクラブを去るというニュースを聞くことになった。どうも意見の相違で育成部長とぶつかったそうだが、どのチームも任せないほどの問題となったというのが僕には解せない。気がつくとチームマネージャーの話も白紙に戻されていて、先月突然コーチ会議のさなかに育成部長から「新しい組織構図が出来上がった」と発表があったけど、そこに僕の名前はなくなっていた。

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