中野吉之伴フッスバルラボ

【きちゼミ】益子直美さん「スポーツって自分を成長させてくれるためのツールで、人間力を育むための大切なもの」

 

▼ 怒ってはいけない=指導できない、ではない

先月8月22日に元女子バレーボール日本代表の益子直美さんをお迎えしてのWEB対談。

監督が怒ってはいけない大会を行った背景から、怒らないことの意味とそうではないアプローチで指導することの意義について、いろいろとお聞きすることができた。

昔からの習慣を急に変えることにだれだって抵抗を示す。僕だってそうだ。今まで当たり前だと思っていたこと、正しいと思っていたことを変えるのは簡単なことなんかじゃない。だからといって、様々な研究で間違いが証明されてきているのに、頑なに自己の経験にだけしがみつくのももったいないし、寂しいことだ。

だからこそ、中心軸を見誤ってはならないと思うのだ。

育成であれ、教育であれ、家庭であれ、もっと広げて社会の現場であれ、何を一番大事に考えなければならないかがぼやけてしまってはならないのだ。

勝つか、負けるかが先にあってはダメで、《子どもたちが安心・安全に取り組める》《互いにリスペクトしあう》《人としての尊厳と権利を損なってはいけない》というところが絶対条件としてまずなければならない。

スポーツとは自分だけではなくて、周りのみんなも同じように楽しんでいるという空気を共有できるから素晴らしい。

楽しいというのはふざけるというのではない。一生懸命やらないということでもない。

情熱的にやりがいをもって自分のできることに挑戦しようという気持ちのぶつかり合いがスリリングでわくわくいっぱいで、だから僕らは感情的にも感動的にもなれる。

僕らは子供たちが選手としてだけではなくて、人間としてどのように成長するかを考えたアプローチを心掛けるというのが本当に本当に大切なのだ。

だから、《指導=怒る》だけではお互いの可能性をしぼめているだけだというのに気付いてほしい。

「怒っちゃダメだったら指導なんてできない!」

そうではなくて、伝えるということと向き合って、どうすればより伝えられるかを学んで、伝えるためにどんな準備が必要かを考えて、その手段の一つとして時に厳しい言葉を使うというふうになることがやっぱり望ましいのだ。

ここでいう厳しい言葉というのは、指摘の鋭さだ。暴言を吐いてもいいなんて理屈はない。

例えばこの前僕が監督をしているU19チームの練習でこんなことがあった。

夏休み終盤でようやく選手も多く練習に顔を出すようになった。リーグがスタートするのも近い。その日は16人集まったので、8対8のゲーム形式で戦術的なアプローチをしようと思っていた。

アップをして、ゲーム形式前にチームごとに分かれてシュート練習を指示したわけだが、どうにも気持ちがふわふわしている。仲間とふざけて変な声を出している選手もいる。ふざけたい気持ちがあるのもわかる。でもそれは今練習中にすることではない。

選手を集めて、静かに話し出した。

「今のこの雰囲気、僕はちっとも満足していない。夏休みが楽しいのはいい。仲間とふざけたいのもいい。でもいまはトレーニング中だ。言われなくても気持ちを自分たちでそちらに向けることを望んでいる。リーグももうすぐ始まる。

サッカーをしたい。チームでいいプレーをしたい。

その思いがあるなら、それを感じさせてくれ」

空気がピリッとした。そうなるように話すスピードと声のトーンも選んだつもりだ。ゲーム形式のトレーニングはそのあと、みんなが集中して、互いに声掛けをして、こちらの指示やアドバイスを真剣に聞いて、それを咀嚼して、トライしてというのができた。

いつもいつも成功するわけじゃないし、うまくいかなくてこちらがイライラすることだってある。でも相手に伝えるやり方をいろいろと持っているから、自分の中にある伝えたいこと、自分がみんなと一緒にやり遂げたいことをどうやったら共有できるかを考えることができるのかなと思うのだ。

さて、ここからは益子さんとの対談内容の一部を2回に分けてご紹介したい。現役時代の話などとても示唆に富んだ内容だと思う。

▼ スポーツを楽しむってなんだろう?

中野 ”昭和の時代”に練習を受けてきた、という話を始まる前にちょっとしていたんですけど、具体的な昭和的なものっていうのは何でしょうね?

益子 中学の部活からアタックナンバーワンに憧れて始めました。指導は厳しいだろうなと承知ではあったけど、思っていた以上に厳しかった。ほぼ毎日ぶたれていたし、往復ビンタを受けたこともある。褒められたことはほとんどなかった。

100%に近い数字でティーチング、つまり先生に答えをもらってプレーする。自分で考えてプレーするなんて言うのは全くなかった。怒られないように先生の言ったことを無難にこなすことだけを考えてましたね。

それが卒業して社会人になった時に自主性とか自分で考えてとかを急に言われて。あと「益子はバレーをもっと楽しめ!」って言われるんですけど、楽しみ方がわからない。この前まではそんなのを見せたら怒られていたのに、《楽しむってどういうことだろう》って。わからなくてお茶らけてみちゃったりで楽しみの程度がわからなかった。そんな時代だったんですよね。周りもみんなそんな感じでした。

中野 昭和的な指導って当時はそれこそ日本全国的にスタンダードだったと思うんですけど、そこに違和感を感じたのはいつだったんでしょうか?

益子 全日本には選べれましたけど、オリンピックに行けなかったし、自信がなくて、ネガティブ100%でやっていて。

バレーボールやってるときはその指導がおかしいというのには気づいてなくて、これが当たり前だって。でもバレーボールがずっと嫌いで、体調が悪くなる。悩んでいたんです。

自信がなくて、否定し続けて。なんでだろうなって。好きで始めたのに、自分の中で嫌いと思っているのがすごい嫌で。なんでだろうって、自分で分析した時に、私自分で知識がなかったから。それを打破する力がなかったんですね。人のせいにしてきてしまった。それをどうにかするには学ぶしかないな、と思ったのが、50歳の時。

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【きちゼミ】益子直美さんとWEB対談。怒れないと指導ってできないの?子どもたちの安心・健全な成長へ、僕達大人が今日からできること

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