中野吉之伴フッスバルラボ

迷いの中で他チームが教えてくれた、クラブ哲学を信じて進むこと

▼ 指導者・中野吉之伴の挑戦 第十二回

ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。18年2月まで指導していた「SGアウゲン・バイラータール」を解任され、新たな指導先をどこにしようかと考えていた矢先、白羽の矢を向けてきたのは息子が所属する「SVホッホドルフ」だった。さらに古巣フライブルガーFCからもオファーがある。

最終的に、今シーズンは2つのクラブで異なるカテゴリーの指導を行うことを決めた。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。

年末から1月下旬まで日本に一時帰国していた。

西日本を中心に各地でサッカークリニック、指導者講習会、保護者向け講演会と精力的に動いていた。どこでも充実した時間を過ごす一方で、時間ができたときにはドイツへ可能な限り逐一連絡を入れることも怠らないようにしていた。

胸中には、昨シーズンの苦い経験がある。信頼していたアシスタントコーチが私の不在時に裏で「監督になろう」と画策し、何人かの保護者を味方につけて、「チーム全体が私に疑念を持っている」という話にもっていった。そして、ドイツに戻った私は直後に行われた緊急会議で育成部長から解任の決断を下された。後日談になるが、このアシスタントコーチから監督になった彼は結局選手からの反感を受け、その1か月後に解任となっていた。だからと言って慰めになんてなるわけではない。いまも時々心中に巣食っていたザラッとした感触を思い出す。

人を信頼することが悪いなんてことはないはずだが、信頼すること=何もしなくても大丈夫というわけではない。それは信頼ではなく、こちらの勝手な期待だ。信頼とはこちらからのベクトルだけで成立するものではない。相手と向き合い関わること、関わり合おうとすることなく、信頼が信頼たることなんてない。

現在アシスタントコーチを務めてくれているミヒャエルは選手としては現役時代に3部リーグクラブからオファーが来たほどの実力者だが、指導者歴はまだ浅い。シーズンを通してコーチとして活動するのは今シーズンがはじめて。トレーニングメニューの組み方やプランニング、ミーティングでの声掛けなど苦戦しているところ多い。でも、人間的にとても暖かな人物だから選手へのアプローチはおおむね良好だと思っているし、選手も信頼を置いている。

こちらから任せていいところ、任せても大丈夫なところを見極め、協力すべきところ、私が主導権を持って進めるべきこと。「何をどこまで」という線引きをすることが大切だった。互いの現状をしっかりと把握しておく必要があるし、そのための事前準備は一時帰国前に綿密な打ち合わせをして、不在中の負担を可能な限り減らすようにと考えた。

まず、冬の休暇中の練習頻度そのものを少なめにすることにした。

2週間は完全休暇、その後は週末の室内サッカー大会に参加以外は2〜3回体育館での練習のみ。ドイツの冬は普通に寒い。外でトレーニングしようにも雪が積もったり、グラウンドが凍ったりして使えないことが頻繁にある。体育館を頻繁に使えるならそこでトレーニングもできるが、それもできない。自分たちが置かれた状況から考えると、「互いに無理をせずにいこう」と考えたわけだ。1月24日に外でのトレーニングを再開させ、30日から本格的に後半戦に向けた6週間の準備期間スタートと位置付けた。

この日は、全員を集めてミーティング。後半戦に向けた準備期間を「どのように過ごすべきか」を確認し合った。抱えている選手のレベルは高い。多くのトレセン選抜選手がいる。さらに4選手はプロクラブのSCフライブルクU16から招待を受けて1月の間テスト生として練習に参加。うち一人は2月までその期間が延長され、テストマッチにも出場していた。

それぞれ野心もある。「もっとうまくなりたい」。「もっと活躍したい」。「もっと上のレベルでプレーしたい」。テストマッチでは、一学年下とはいえプロクラブSCフライブルクのU15に勝利するほどのクオリティを持っている。主力の何人かは間違いなく、すぐU17でもレギュラーを張ることができるくらいの実力がある。だが、クラブの方針としてそこを我慢してもらっている。それはなんとしてもリーグ優勝を飾り、U17の4部リーグ昇格を果たしてもらう必要があるからだ。そうすることで、いまU15の3部リーグで戦う後輩たちがよりレベルの高いリーグで戦うことができる。育成を進めたいクラブとしては大きな意味を持つ。

だが、そのために彼らの思いと自分たちが目の前で戦うリーグレベルがマッチしていないことが大きな問題となっていた。気合いを入れて試合に臨むが明らかにレベル差が大きすぎる。前半の途中ですでに5点差以上の点差がついてしまうこともある。そうなると、どうしてもモチベーションも緊張感もなくなってしまう。

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