中野吉之伴フッスバルラボ

チームがいい方向へ進むためにはダメなことをダメというのは大事 。

ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。18年2月まで指導していた「SGアウゲン・バイラータール」を解任され、新たな指導先をどこにしようかと考えていた矢先、白羽の矢を向けてきたのは息子が所属する「SVホッホドルフ」だった。さらに古巣フライブルガーFCからもオファーがある。

最終的に、今シーズンは2つのクラブで異なるカテゴリーの指導を行うことを決めた。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。

指導者・文 中野吉之伴/【twitter】@kichinosuken

 ▼ 指導者・中野吉之伴の挑戦 第十回

9月22日、リーグ初戦を迎えた。

今シーズン、『フライブルガーFC  U16』が所属しているのは『U17ベツィルクスリーガ』。ドイツ全体で見ると、5部に相当する。アウェー戦で一番遠いところまで行くと、車で45分くらいのエリアで開催となる。

クラブからの要求は昇格!

義務という言葉は使われてないし、「プレッシャーを感じなくてもいいよ」とは言われている。だが、話をするときの育成部長やユースコーディネーターの目はいつも笑ってない。さらに事あるごとに「それができるだけのクオリティが選手にはあるはずだ」と付け加えられる。

私もアシスタントコーチのミヒャエルも、選手のクオリティの高さは認めている。シュトゥッツプンクトの選手(州トレセン)が何人もいるし、元SCフライブルクの選手もいる。しかし、そうした恵まれた状況はこれまでにもあったはずだ。

でも、昇格がかなわなかったのはなぜか?

昇格するためには、リーグ優勝しなければならない。ただ、一学年上のリーグに参加するのは思っているほど簡単ではない。U15とU17ではフィジカル的なスピードとパワーが違う。戦術理解度も、試合に勝つための覚悟の持ち方も違う。正直、5部リーグともなればボールを大事にし、自分たちでゲームをコントロールしながらサッカーをできるチームは限られてくる。

いい選手は、もっと上のリーグでプレーするクラブにどんどん引き抜かれていくため、普通の町クラブではチームづくりが本当に難しくなる。そうなると、守りを固めて気合いで戦い、前線にいるスピードや高さのある選手に託すサッカーをせざるをえないのも理解はできる。また、審判のレベルも決して高くはない。ミスジャッジが基準になったまま、一試合が続くこともある。

そんな環境でプレーすることに慣れていないと、思い通りのサッカーができないことに苛立ちだし、自分たちで自分たちのゲームを壊してしまう。ペナルティエリア付近までは運べても、人数をかけてくる相手の守備を崩せず、焦ってドリブルで不要に仕掛けてはボールを失ってカウンターを受ける。一度でも「こんなのサッカーじゃない!」という考えが頭を支配すると、相手のアグレッシブなプレーを受け返すことができなくなる。

しかし、違うのだ。それもサッカーなのだ。もし、さらに上のレベルを目指すのであれば、そういう相手でも通用するように追及していく姿勢が求められる。相手のプレスを受けてもボールを失わずにパスの出口を作り出し、見つけ出し、相手を動かすためのフリーランとパスワークを身につけ、ドリブルで相手を引きつけながら、スペースを生み出していく。攻撃だけではなく、守備にも精力的に汗をかき、ゲームをコントロールし、ゲームを構築していけるようにならなければならない。

開幕戦の試合前、選手にはそうした心構えが見られなかった。

スタメンを発表し、戦術的な指針をまとめる。だが、緊張感がない。「別に気合を入れなくても勝てるし、監督の話を聞かなくても大丈夫」。どこかそうした空気が支配していた。アップを終えた後 一度控室に戻る。私が試合前の最後の指示を出そうとする。

だが、誰かがふざけ、笑い声が止まらない。

一度二度注意をし、一度静まるが話し出した瞬間また誰かがふざけだした。次の瞬間、持っていた戦術ボードを地面にたたきつけていた。乾いた大きな音が控室に響く。シーンとなった。ちょっと時間をあけて、私は静かに語り出していた。

「俺は、サッカーといつでも真剣に向き合っている。どんな試合でも、どんな練習でもだ。この試合に対してもそうだ。簡単な試合なんて一つもない。適当にやっていい試合なんて一つもない。自分たちの力を過信して、なんとなくの気持ちで試合と向き合って、それが何になる? そんな取り組みで勝とうが負けようが何を得ることができる? 何を学ぶことができる?」

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