中野吉之伴フッスバルラボ

僕、息子のチームでコーチを始めました

ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。昨年2月に突然「SGアウゲン・バイラータール」のU15監督を解任された。新たな指導先を「どこにしようか?」と考えていた矢先、息子が所属する「SVホッホドルフ」からオファーが舞い込んだ。さらに元プロクラブの古巣フライブルガーFCからもオファーを受ける。そこから最終的に決断したのは、2つのクラブで異なるカテゴリーの指導を行うことだった。この不定期連載は、息子が所属する「SVホッホドルフ」のU9でアシスタントコーチとして感じた日常を書き綴る「子育て奮闘」である。

文・写真=中野 吉之伴

▼1月が終わる頃、所属チームを解任された。

その後、1カ月間は何もしなかった。時間が必要だった。できたこと、できなかったこと、すべきだったこと、しなければならなかったこと。いろんなことを考えた。納得する答えはそう簡単に出ない。でも、頭の中で当時の自分と向き合うことで、その一つ一つの輪郭を確認することで、腹立たしいことであっても、打ちひしがれることであっても、生きた経験として次へと持っていくことができた。

この過程は今後にとってとても大切だと、そう思っていた。しかし、いくら自分がそう思っていたとしても、自分が普段通りにふるまおうとしても、外から見たらただただ痛々しい姿でしかなかったようだ。少し時間が経った後、「あの時は言えなかったけど、ゾンビみたいだった」と言われたことがあった。カラ元気甚だしい。なんとも申し訳ない限りである。だからこそ支えてくれる人のありがたさを噛みしめる。そして、あらためて妻と子どもたち、友たちに感謝したい。

さて、どうしようか?

このままサッカーとしばらく距離を取ろうかとも考えた。1シーズン休むこともありかな、と。でも、やっぱり芝生のグラウンドが自分には必要だった。サッカーと生きることが。でも、どこでコーチをしようか。シーズンとしては、すでに冬の準備期間の終盤である。どこも陣容は整っているはずだ。中途半端なタイミングで、新しいコーチが加わるというのはなんともイレギュラーな話である。それに「現場に立ちたい」といえ、その時の自分はいろんな迷いと陰りを抱え込んでいるという厄介な状態だった。

フッと思った。「どんな現場ならまた笑えるのかな」。笑おうとして笑うのではなく、気がついたら笑顔になれる場所。「そんなのあるのか?」と考えてみた。あった。やりたかったことがあった。それは息子のチームでコーチをすることだった。

これまでは、心のどこかで避けていた。

「我が子のいるチームで監督・コーチをするのは難しい」。知り合いの指導者仲間みんなから口々に聞かされていたのもある。自分自身、「外から黙って見守る父親でありたいな」という思いもあった。でも、ずっと憧れていた。心のどこかでやってみたいなという思いは常にあった。

「今がいいタイミングじゃないかな」と思い切って家族に相談した。長男も、次男も、子どもたちは喜んでくれていた。妻は「喧嘩しないと約束してくれたらいいよ」と一言。子どもたちが所属しているクラブ「SVホッホドルフ」のコーチはみんなお父さんコーチだ。それぞれ自分の息子と激しくバトルしているのを目にしてきている。それでも家族は私の気持ちを汲んでくれた。

息子たちが所属するチームの監督にそれぞれ連絡し、「もし興味があったらコーチをやらせてくれないか」とお願いしてみた。長男のチームからは「いまは選手が11人で、僕とコーチと二人いるからちょっと難しいかな」と断られたが、次男のチームからは「それはうれしいよ! 実は仕事の都合でコーチがあまり練習に来られなくなっていて、ちょうど新しいコーチを探していたんだ。いつからやれる?」とすぐにOKをもらえた。

早速次の練習日から加わることになった。

そのことを家族に知らせたら、長男は残念がったけど納得してくれ、次男は抱きついて喜んでくれた。新しいチームで指導することはもう慣れている。どんなプロセスを踏めばいいかはわかっている。でも、U8という年代を本格的に指導するのは初めてだ。そして、実際にトレーニングの現場に立って思い知らされたことはこれまで山ほどある。

言うは易く行うは難し。

「教本通りのことなどできない」ことがスタートなのはわかっている。子どもたちが話を聞ける状況を作る、子どもたちと話ができる空気を作る、子どもたちが練習にのめりこめる環境を作る、子どもたちがサッカーを楽しめる瞬間を生み出す。言葉では言える。いくらでもいえる。でも、伝わらなければ意味はない。これは大変な作業だ。どうしよう? 毎回、練習後に反省を繰り返し、次は「もっといい練習を」と思って気合いを入れてグラウンドに行くけど、思い通りにオーガナイズできずに撃沈ということもあった。ただただ悔しい。

気づくと、自然にサッカーと向き合っている自分がいた。

そして、自分が指導者デビューをした頃のことを思い出した。まだ20歳だった。大学近くの小学生のクラブ「FC開三」での初練習だった。はじめは「コーチ経験者の元でお手伝いかな」くらいに思っていたら、自己紹介もそこそこに「じゃあ、今日は2〜3年生を見てくれる?」といきなり放りだされた。

焦り度120%! 目の前には子どもたちが熱い眼差しを向けて、僕の言葉を待っている。新しく来たコーチがどんな練習をしてくれるのかと目を輝かせる子、新しいコーチが来たという状況を把握しきれていない中「誰だこの人?」という目をした子、それぞれの気持ちで見つめていた。変な汗が出てくる。何をしたらいいのだろう? 僕は高校からサッカーを始めた人間だ。少年サッカーがどんな練習をしているのか何一つ知らない。そこで、まずみんなに「普段どんな練習をしているのか?」を聞いてみた。

「ダシッコがいい、ダシッコしよ!」

みんなが一斉にそう答えた。ピンとこない。「ダシッコ?」、「スペイン系の技?」、「違うの?」、「ああ『出しっこ』っていうこと?」、何かを出すゲームであることは間違いなさそうだが、ルールも、エリアも何一つイメージできない。仕方ないから子どもたちに聞いた。

「何それ?どうやってやるの?」

必死に話に耳を傾けて整理した。マーカーで区切ったエリアに、みんながボールを持って入る。それぞれが自分のボールをキープしながら、隙を見て他の選手のボールを外に出していくというゲームのようだ。「なるほど」と早速やってみる。しかし適切なエリアの大きさが分からない。「こんなもんかな」とやってみたら思っていた以上に狭い。ごちゃごちゃでみんな全然動けない。「これじゃダメだ」と次は広げてみた。でも、今度は広げ過ぎて、ダラダラになった。そうこうしていたら子どもたちが「ラインを超えた」、「超えてない」と言い争い出した。おろおろし、終始冷や汗をかきながら本当に身振り手振りでの初練習だった。

その日、家に帰ってからはもう練習メニューのことばかりを考えた。この年代の子に必要な練習は何か? どんな練習をするとおもしろいのか? 時間配分は? いくつかの専門書を参考にいろいろとトライしてみた。

子どもたちの集団を相手にサッカーと取り組む。

なんと難しいことか。話を聞く子がいれば、どこかに隠れる子がいる。ガキ大将風の子が仕切ろうとするとそのライバル風の子が邪魔をしようとする。僕が小さい頃に入っていた「少年野球のコーチも大変だったろうな」と当時のハチャメチャ振りを思い出しては、とにかくできることを何でもやっていこうと、目の前の子どもたちに何度も、根気強く気持ちを込めて話をし続けた。

1カ月もすると、子どもたちも僕のことをコーチとして少しずつ認め始めてくれた。ガキ大将風の子は「こいつはおもしれーからいいやつなんだ」と思いっきりタメ語を使いながらも、試合のときは僕の話をみんなに繰り返ししてくれたり、練習のときも先頭に立って引っ張ってくれたりした。試合に負ければ悔しくて泣き出し、ゴールを決めると底なしに喜ぶ。その素直な感情は清々しかった。子どもとコーチとしてだけではなく、「人と人としてのつながりを持つこと」が自分の成長になんと多大な影響を及ぼすことか。子どもたちと一緒に練習し、時に笑い、時に怒り、そうした時間が楽しかった。

いまも、私は同じ気持ちで現場に立っている。

どれだけの経験を積んでも、どれだけの知識を蓄えても、いま目の前にいる子どもたちとは今回が初めて。ちょっとずつ彼らと触れ合い、少しずつ人間関係を築いていくのだ。ヒントは体験の中にたくさんあるかもしれない。でも、この子たちとの答えはこの子たちの中にしか見つけられない。

先日の練習でこんなことがあった。子どもたちがいつまでもふざけていていたので、「マジメな話をしたいから聞いてくれないか?」と話をしようとしたけど、何人かの子はそんな僕を笑い出した。悪気がないのはわかる。ちょっとふざけてみたいのだ。それでも続けて、ゆっくり話をした。

「コーチも人間だよ。笑われたら悲しい。話を聞いてもらえなかったら悲しい。悲しみながらサッカーをしたくはないよ。君たちは悲しませながらサッカーをすることになってもいいの? コーチだけじゃない。僕らはみんなそうなんだ。相手をリスペクトするというのはそういうことなんだ。みんなで笑顔でサッカーするためには、どんなことに気をつけなきゃいけないんだろう?」

静まり返った。少しの沈黙の後、一人の子が立ち上がり、僕のところに来て「ごめんね、やりすぎちゃった」と言ってくれた。もう一人の子が立ち上がり、「仲直りしよう」と手を差し出してくれた。別の子は「ちゃんとやろうよ」、「話聞こうね」と口にしてくれた。「ああ、気持ちが伝わってくれた」。子どもたちと大切なものを分かち合うことができた。次の練習では、自分から手伝おうとする子が増えた。ふざける子どもはいつでもいる。それは自然なことだし、口やかましく言うつもりはない。でも、やってはいけないこと、超えてはいけない線をしっかり提示してあげなければならない。自由とわがままをはき違えたままではダメなのだ。

よく「育成に答えはない」という言葉をきく。

確かに「万人に効く特効薬」や「誰でもレベルアップできる必殺技」のようなものもはない。でも、その場その場に答えはある。そして、その答えを探さなければならないのだ。前述の話もそうだ。僕は一つの答えとして、子どもたちに話をした。プレーに関してもそうだ。

例えば、「この状況においては慌てずにボールをコントロールして、味方の攻め上がりを待つべきだ」と一つの答えとして提示するべきなのだ。そして、「ただし、これがすべての状況を解決する答えではないよ」と付け加えればいいのだ。そうした答えを子どもたちは自分たちでどんどん集めていく。一つ一つの答えをつなぎ合わせていく。一つ一つに答えがなければ、そこから組上げていくこともできない。

気がつくと似たような答えがあったり、組み合わせられたり、そもそも間違っていたり、あるいは違う解釈ができる答えが出てくるだろう。それが成長につながる。それが経験を積むということではないだろうか。

練習時間が終わると、必ず子どもたちは「最後ちょっとシュートしたい。GKやって」と声をかけてくる。一人が始めるといつも10人以上が「僕も」「私も」と加わってくる。遠くからお父さん、お母さんの「ねー、もう帰ろうよー」という声が聞こえてくる。素敵な時間だな、といつも感じる。「またね」と言って、帰っていく子供たち。笑顔と笑い声の余韻が残るグラウンドを後にして、次男と二人家路につく。「今日も楽しかったね」と笑い合いながら。

連載【子育て奮闘記】

vol.1僕、息子のチームでコーチを始めました

vol.2息子が所属するU9のアシスタントコーチとしてできること

vol.3息子の仲間へのポジティブな声かけに助けられたこと

vol.45人制から7人制に変わって見えた、子どもたちの成長と課題

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