中野吉之伴フッスバルラボ

欧州では勝利を目指すのは当然! その上での育成がスタンダードだ

ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。彼が指導しているのは、フライブルクから電車で20分ほど離れたアウゲンとバイラータールという町の混合チーム「SGアウゲン・バイラータール」だ。2017-18シーズンは、そこでU15監督を務めている。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。

第五回「譲れない育成に対するアプローチ! 監督不在がもたらすことの意味付け」に引き続き、第六回をお楽しみいただけたらと思う。

指導者・文 中野吉之伴(【Twitter】=@kichinosuken 

▼指導者・中野吉之伴の挑戦 第六回

解任された監督の思いを代弁できる人は多くはない。

それは経験した者にしかわからない。どれほど悲しく、やるせなく、言いようもない焦燥感にかられることか、を。私は後半戦への本格的な準備がスタートするという段階で、クラブから解任されることになった。1月に日本に一時帰国していた間にその方向で体裁が整えられていた。今後はアシスタントコーチのトーマスが監督としてU15を率いることになる。

トーマスは私の不在時に様々なことに精力的に取り組んでいた。

選手をプールに連れていったり、近くで行われた「SCフライブルクU17×シュツットガルトU17」のテストマッチを見に行ったりしたそうだ。悪いことではない。むしろ、そうした活動を私も彼に求めていた。私はトレーニングのクオリティに関しては自信を持っている。間違いなく、子どもたちのポテンシャルを引き上げていくことができる、と。

ただクラブのある町から離れたフライブルクに暮らしており、他に仕事もあるため、練習日以外に子どもたちと接点を持ちにくい環境なのがネックだった。私たちはみなボランティアでかかわっている。一人ですべてを背負い込むことはできない。だから、いつもアシスタントコーチにはその町に住んでいる人間を熱望していた。私にできないことをサポートし、互いの距離感を最適化する役割をお願いしていた。それぞれに強みがあるからそれを活かし合う。特に長期休暇時はそうした役割分担が非常に重要だった。

そういう意味では、休みの使い方は大切なのだ。

そういえば休みに関する講演として、昨年の国際コーチ会議でボーフム大学の心理学者ミヒャエル・ケルマン教授が興味深い話をしていた。

「ストレスと休息のバランスに気をつけなければならない。選手に高い要求を課すこと自体は悪いことではない。ただし、心身の疲労を回復できる休息プロセスが準備されている限りにおいて、だ。ストレスや負荷が増えれば増えるほど、回復するための時間が求められる。

しかし、トレーニングに関わる時間が増えれば増えるほど、休息に取れる時間は少なくなってきてしまう。すると、ストレスコントロールの機能が働かなくなり、心身のバランスがどんどん崩れていく。最終的にはこれがバーンアウト(燃え尽き症候群)へと結びついてしまうのだ」

ストレスキャパシティ、ストレス耐性、ストレスからの回復能力には個人差があることへの注意も促していた。

「あいつはやり遂げたんだぞ! だからお前もがんばれ」
「俺が子どものころにはできたぞ! だからお前もできる」

これが万人に当てはまるわけではない。さらに、ケルマン教授はこう主張していた。

「夏休みをとることは必須だ。そして、可能ならば冬にも1〜2週間の休みを推奨したい。それがシーズンに向けての大事な準備になる。日常生活の中では知らずとストレスが積み重なっている。だからこそストレスと向き合える環境が大切で、心身のコンディションコントロールに気を配るべきだ」

常に頑張り続ける。
常に緊張感を持ち続ける。

そうではなく、「ケアする時期はケアすることに時間をとる方が、長い目で見たときにはプラスに作用することがとても多い」という。これは選手にとってだけでなく、指導者や保護者にとっても同じことだ。

そうした観点で、何度も私はトーマスともユースダイレクターとも話を交わしていた。話をしているときは納得して聞いていたと思っていた。でも、トーマスからすれば現在のチーム事情でそんな悠長な思いを持てなかったのかもしれない。長男がキャプテンを務めるチームを勝たせたい。その気持ちは私にだって痛いほどわかる。

私がそこをおざなりにしていたわけではない。

どんな試合に対しても勝てるように準備をし、少しでもいいサッカーができるようにとトレーニングメニューを考えていた。でも、それと同時に、いやそれ以上に抱えている選手全体のレベルアップとそれぞれがサッカーに関与できるようにアプローチすることを大事にしていた。この年代で身につけておかないといけないものがある、と。しかし、ユース責任者を交えての会議では、チームがうまくいかない責任は指導者としての私のやり方にあると迫ってきた。自分の意見の正当性を主張してきた。

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