「football fukuoka」中倉一志

【無料公開】すべての人たちの力を一つにして戦いたい。今を乗り越えた先に新しいアビスパの歴史が広がる:【中倉’s Voice】

受け入れがたい敗戦だった。
提示された5分のアディショナルタイムが終わろうとしていた90+4分、強引にクロスを挙げにいったところを奪われて、そこから始まったG大阪のカウンターから奪われた決勝ゴール。勝ちにいった結果とはいえ、攻めに出たときの状況判断や、ペナルティエリア内に人数をそろえながら簡単にシュートを打たせてしまったことなど、対応のまずさが招いた失点。その瞬間、選手たちはピッチに崩れ落ちた。

上に行く可能性を残せるのか、残留争いに飲み込まれてしまうのか、大きな分岐点になる試合だった。だが、攻めては自陣の低い位置にブロックを敷いてアビスパにボールを持たせるG大阪を効果的に崩すことができず、守っては左SBを高い位置に上げて3枚でビルドアップするG大阪をはめきれず、自分たちの良さを発揮することができないままに時間が過ぎた。28分、そして77分の決定機を決めていればとの想いもあるが、90分を通して放った枠内シュートが3本では勝利を望むことは難しい。その結果の敗戦。アビスパは7試合を残して残留争いに巻き込まれることになった。

「終わった瞬間は本当に受け入れられなかった」(田邉草民)
それは、この日スタジアムに足を運んだファン、サポーターはもとより、それぞれの場所から、それぞれの想いをアビスパに送っていたすべての人たちに共通する想いだろう。ここまでも似たような形で勝点を落とすことがあったが、今シーズンの結果を左右しかねない大事な試合で同じことが繰り返されたショックは計り知れない。だが、田邉は続ける。
「試合はまだ7試合ある。最後に喜べるように切り替えてやるだけ」
まだ何も決まったわけではない。ここからどう振る舞えるのか。そこにすべてがかかっている。

2020年に長谷部茂利監督が就任して以来、アビスパは数々の記録を塗り替えて来た。スーパーな選手に頼った結果ではない。それらのすべては、フロント、クラブ職員、監督、チームスタッフ、そして選手たちが一つになって手に入れたものだ。持てる力を最大限に発揮し、犠牲心を持って、献身的に、仲間のために走り、仲間のために身体を張り、仲間のためにゴールを目指した結果だ。結果はもちろん、その戦い方は観る者すべてに勇気を与えたくれた。その戦い方は我々に活力を与えてくれた。そんな中で形成されていったアビスパに関わるすべての人たちを含めた一体感。それはアビスパの代名詞にもなった。

過去に一度だけ同じような空気に包まれたことがある。2000年シーズン、ピッコリ監督が率いるアビスパが、2nd stageで優勝争いを演じた時だ。「相手を尊重し、謙虚に、けれども自信を持って戦う」と口にするピッコリ監督の姿勢や、ハードワークと運動量をベースに全員が献身的にプレーするスタイルなど、今と共通することは多い。だがアルゼンチンスタイルの激しさを伴ったプレーは、日本中のサッカー関係者から『荒い』と呼ばれ敬遠された。当時、アビスパに関わる人たちが一体感を形成したのは、そんな日本中のサッカー関係者への対抗心のようなものがあったことは否定できない。

けれども今は違う。他者に原因を求めず、常に自分たちと向き合い、どんな相手にも臆することなく正々堂々と戦うアビスパの姿に、そんなアビスパに関われることに、多くの人たちが誇りを感じている。世間のアビスパに対する印象がぬぐい切れたとは言わないが、アビスパをサッカー仲間としてリスペクトしてくれる人たちは確実に増えている。

今アビスパは、記録を塗り替えることで、私たちが見ることができなかった世界を、それ故に知ることができなかった世界を見せてくれている。街にサッカークラブがある喜び、そこで生まれる夢や希望、サッカーという共通言語を介して生まれるコミュニケーション等々、少し大げさな言い方かもしれないが、Jリーグが創設時に掲げた理想を私たちに体感させてくれている。

誤解を恐れずに言えば、フロントも、クラブ職員も、監督、チームスタッフ、選手、そしてアビスパに関わる人たちも、私を含めたメディアも足りないものは、まだまだたくさんある。でも、それらを一つずつ手に入れることで、さらに新しい何かを見ることができる。それが本当の意味でアビスパが新しい歴史を作るということ。その機会を手放すわけにはいかない。

いま思うのは「何のためにここにいるのか。何をやろうとしているのか。そのためにやるべきことは何か」という長谷場監督が何度も繰り返す言葉だ。不安がないと言えば嘘だろう。望まない結果に一言いいたくなるのも自然な感情だ。でも、いま我々が置かれている現状は、次へ進むために歩まなければいけない道。感情のままに想いをぶつけるだけなら、これまでの歴史を繰り返すことになる。そこに新しいものは何も生まれない。

フロント、クラブ職員、監督、チームスタッフ、選手をはじめ、アビスパに関わるすべての人たちが、それぞれの立場で、それぞれの方法で、持てる力を最大限に発揮すること。それがもう一歩先のアビスパにつながる。そしてまだ見ぬ世界がすべての人たちの前に広がる。まずは目の前の試合から一つずつ。名古屋戦に想いの丈をぶつけたい。

[中倉一志=文/写真提供=アビスパ福岡]

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