石井紘人のFootball Referee Journal

国際試合のレフェリングの特徴とは?FIFAとJリーグのVARの違いと転機になった川崎フロンターレ×横浜Fマリノス戦【審判員インタビュー|第5回・木村博之PR後編】

「審判員」。サッカーの試合で不可欠ながらも、役割や実情はあまり知られていない。例えば、「審判員」と法を裁く「裁判官」を同等に語るなど、本質の違いを見かけることもあれば、「審判員にはペナルティがない」という誤った認識を持っている人も少なくはない。

罰するために競技規則を適用しているわけではなく、良い試合を作るために競技規則を適用していく。それが審判員だ。

そんな審判員のインタビューを、『サッカーダイジェストWeb』と『週刊レフェリー批評』(株式会社ダブルインフィニティ)が前編と後編に分け、隔月で連載していく。第5回は日本サッカー協会(JFA)と契約するプロフェショナルレフェリー(PR)であり、国際審判員としても活動する木村博之氏にインタビューを行なった。

 

>>>前編はこちら

 

――一昨日のACLAFCアジアチャンピオンズリーグ)決勝セカンドレグは御覧になりましたか?

 

「今年のはまだ視聴できていないのですが、毎年見ています。エンターテインメントとしても観ていますし、レフェリー目線でも見ています。」

 

――レフェリー目線ではどのように試合を見るのでしょうか?

 

「レフェリーが、どのようなレフェリングをするのか?決勝という特別な試合をどのように進めるのか?流れに対してどういう風に合わせていくのか?を想像しながら見ています。

もちろん一つ一つの判定の〇×も見ることもありますが、一番大切な部分、なぜこの判定は選手に受け入れられないのだろう?これは受け入れられているな?と客観的に汲み取りながら見ています。」

 

――それは、国際審判員としてアジアの試合を担当するから、というのもあるのでしょうか?

 

「それもありますね。やはりJリーグと海外の試合の運び方は全然違うと感じています。逆説的にいえば、Jリーグの試合を見ることも勉強になるのですが、海外の試合は日本人以外のレフェリーが担当することが多いので、彼らがどのように試合を運んでいくのか?その個性だったり、日本人と違うやり方を興味深く見ています。」

 

――“ゲームの運び方”ですが、どのような違いがあるのでしょうか?

 

「海外の方が“流れ”を重視しているように感じています。

たとえば、選手が注目していないものに対して、レフェリーが介入しても何も意味がないという感覚を、海外のレフェリーは良い意味でレベルにマッチしたものを持とうとしていると感じます。なので、PKや退場以外の判定であれば、試合の立ち上がりと試合の終盤での判定基準は違います。

それは何故かというと、試合の“流れ”に応じているからです。

たとえば、ファウルと判定して落ち着かせなければいけない時間帯もあるでしょうし、ファウルに見えても選手が受け入れてノーファウルとして試合を続けているのであれば流した方が良いです。海外のレフェリーは、その辺が非常に巧いので、どう考えているのだろう?どうやって受け入れさせているのだろう?というのは凄く参考になると思っています。」

 

――選手の気性もあるのでしょうか。海外の選手の方が、日本人選手より気性は激しい一方で、細かいことを気にしないから、より“流れ”を重視する必要があるというような。

 

「表現を換えると一つ一つの判定をマネジメントに繋げて『ゲームの着地』に繋げるとも言えるかもしれません。日本だと正しい判定をすればある程度ゲームは収まると感じます。しかし、海外では正しい判定だったとしても、それが選手に“受け入れられない”やり方だったり、そこには時間帯もあるのですが、そうなるとゲームが壊れてしまう。ファウルを巧く使って、バランスでゲームを組み立てていくイメージです。」

 

――前回インタビューさせて頂いた佐藤隆治さん(参照リンク)も、『ゲームの着地』を重要視されていました。一方で、その『ゲームの着地』は自身の様々な経験から掴んだものともおっしゃられていました。木村さんなら、どのように表現して若手レフェリーに指導されますか?

 

「端的に言うと、全てのアクションを巧く使えるようになろうと指導するかもしれません。

懲戒罰の基準も、その判断によって、その後にゲームの流れがどのようになるかを考えた上で判断しなければいけないと思っています。

もちろん、懲戒罰に値するならば、迷わずにカードを出さなければいけません。でも、その時も、その後にどのような変化が起きるのかも汲み取っておく。

「汲み取る意識を持つ」「ゲームの変化を感じ取る。さらに、変化がどこから出ているのか」とアンテナを張り巡らす感覚を全体で持とうと表現します。」

 

――そういったことを若手レフェリーに指導するような場はあるのでしょうか?

 

「はい。今はPRが若いレフェリーに経験を還元する場が設けられています。私は月に一回くらいJ3の試合に行って、レフェリーに対してレフェリング分析というかレフェリングのサポートをしています。一試合を見るので、「選手にどういう対応をしていたの?」とか「どんなことを感じながらゲームを進めていたの?」等を話しています。」

 

――話を戻しまして、海外のレフェリーが集まるFIFA大会で印象に残っていることはありますか?

 

2019年にVARとしてFIFA U-17ブラジルワールドカップに参加させて頂いたのですが、レフェリーとしてノミネートされたレフェリーたちの個性は印象に残っています。開幕前のセミナーでアセッサーに色々と指導を受けてはいるのですが、彼らはピッチに立てば自身のスタイルを貫いています。レフェリーはそれで良いんだなと思えた大会でした。」

 

――2021年にはコロナ禍の東京五輪にサポートレフェリーとして参加されましたが、如何でしたか?

 

「コロナ禍での移動やトレーニングは大変ではありましたし、難しい状況で試合をさせて貰えた事に対して凄く感謝しています。ただ、誤解を承知で言えば、4th(第四の審判員)としてのみ呼ばれても喜びはあまりないですよね。その中で、4thとしての仕事を徹底しようと参加しました。また、FIFAのマネジメントや判定の仕方などの考え方は学べる機会だったと思います。」

 

――4thのみだとモチベーションが難しいですよね。カタールワールドカップのプレ大会である2021年に行われたFIFAアラブカップは如何でしたか?VAR(ビデオアシスタントレフェリー)として参加されました。

 

「おっしゃられたように、ワールドカップ仕様だと感じていました。セレクションの場だったと思います。私自身はVARですから、FIFAVARに対して要求していることをしっかりと汲み取り、佐藤(隆治)さんトリオをVARとしてサポートする事が一番の仕事として臨みました。そういった意味で、東京五輪の一人での4thとしての参加よりも、佐藤さんトリオのVARという役割の方が、判定に関わる部分が大きいじゃないですか。義務感、責任の重さを持っていましたし、VARの臨場感含めて今までにない感覚でした。

また、その中でも、日本のJリーグのVARに還元出来るものも探しながら行った大会でした。」

 

――JリーグとFIFA大会にVARの違いはありますか?

 

「はい。FIFAは、その大会を上手く運営するために、VARGLT(ゴールラインテクノロジー)等のシステムを導入しています。試合中のレフェリーの判定が、試合後にスキャンダラスにならないことをFIFAは求めています。なぜならば、大会の成功、つまり良かった印象で大会を終えたいから。

そういった意味で、Jリーグよりも、VARは介入するように感じます。FIFAは「最終的にレフェリーが映像を見て決めるのだから、疑義があれば早めに介入して、レフェリーに映像を見て貰って、最終的なジャッジをレフェリーにさせる」。

ある意味で、間違った判定であれば介入しなさいというのが、トーナメントでの考え方のように思いました。

日本は、IFABの原則であるClear and obvious(明確かつ明白な間違い)を一番大きな柱としています。

FIFA大会が、考え方が全く違うように感じました。」

 

――FIFA大会は我々メディアへのおもてなしも凄いですし、非常にどのように報道されるかを気にしているようにも感じます。VARは説得力を高めるためには使わないのが原則ですが、そういった意味でも使いたいのかもしれないですね。木村さんがレフェリーになってから、コミュニケーションシステムが入り、追加副審(AAR)を経て、VARが導入されました。一番レフェリングに変化を与えたのは?

 

VARじゃないでしょうか。VARが介入するということは、試合中に明確かつ明白な間違いがあったということ。自分だけでなく、選手や観客の皆さんも分かります。それは、今までになかったことです。

もちろん、今までも雰囲気などで間違った判定だったかなと感じる部分はありました。ですが、試合中はその〇×が、私も選手も分かりません。VARは違った証拠を自分の目でも確認しますし、その間違いを選手や観客の皆さんにも伝わります。ただ、VARがあることで、明確かつ明白な間違いは防げるメリットは大きいと思います。」

 

――OFR後もレフェリーを続けるというのは、試合中にPKを外した後もプレーを続ける以上の難しさがあるようにも感じます。

 

「スタートしたばかりの時は、OFRに行くというのは自分が間違っている判定をした可能性が高いので、難しさはあったように思います。ですが、VARもゲームをマネジメントするためのツールの一つだと考えると、自身のメンタル面への影響やペースが崩れるということはないです。VARの介入があっても、ゲームが良い方向に行けば、皆がハッピーになりますから。」

 

――DVD『審判』(参照リンク)でも映し出されていますが、木村さんは興奮する選手にも「気持ちは分かるよ。でも〇〇だから●●になった」と丁寧に対応されていました。コミュニケーションが巧いと感じましたが、昔からそのようなスタイルだったのでしょうか?

 

「以前から選手とコミュニケーションをとることはありましたが、国際審判員になってからは対応が変わったと思います。以前は、聞いてしまうばかりだったのが、海外の選手とのやりとりの中で、私がどのようにジャッジしたのかをシンプルに伝えないと相手もわかってくれないと感じたのです。以降は、Jリーグでも、しっかりと自分が見たものを伝えて、だからこうして下さいとコミュニケーションをとるようになったと思います。」

 

――確かにDVD『審判』内でも「ボールに行っても、両足でのタックルはダメです」と伝えていましたね。様々なコミュニケーションを選手ととられてきたと思うのですが、印象に残っていることはありますか?

23年前だと思うのですが、同じ不満をかなり言ってくる選手がいたので、「そのことに対して言うのをやめて下さい。僕が言えるのはここまでです」と伝えました。すると、その選手がピタっと異議になる前にやめてくれました。

これもレフェリーの一つの対応だと思います。選手の不満に対して、どこまで許容できるのか。いつでも聞く姿勢は重要です。聞いた上で、選手に対して、レフェリーとして伝えられることは伝えて、その上で“これ以上言えることはありません”と明確にラインを示す。

その方が選手も受け入れてくれるのだなと認識できた出来事でした。」

 

――2008年にJリーグ担当審判員になってから、ピッチ上での選手との関係性に変化はありますか?近年は非常に良いコミュニケーションがとれているように感じます。

 

「そうですね。冷静な時は、選手側も受け入れようとしてくれていると思います。ただ、試合中の選手たちは、感情の高ぶりがありますから、色々な言葉が出て来たりもします。それはサッカーをプレーしている人間の自然なことですよね。エキサイトしていなければ、レフェリー側の言ったことを汲み取ってくれるような関係性は凄く増えています。また、選手たちも、私だけでなく、レフェリーのことを名前で呼ぶようになっているように感じます。」

 

――試合後のミックスゾーンなどで選手に話しかけられることはありますか?

 

「私はあまりないですね。自分から話しかけることもないですし、話しかけづらいのかなぁ。」

 

――()お伺いしたように色々な経験を経て現在に至る訳ですが、20228月に行われた横浜F・マリノス×川崎フロンターレ戦で怪我をしてしまいました。夏ということで、コンディションに予兆はありましたか?

 

「コンディションに不調はまったくありませんでした。突然、足がカチンとなり、もう歩けない状態で。すぐに喜田(拓也)選手が察してくれて、「どうしたの?」と話しかけてくれまして、「ごめん、今日はもう出来ない…」と伝えたら、「無理しないで」と言ってくれました。レフェリーには怪我した時のマニュアルはないので、自分で判断し、4thの(佐藤)誠和さんに交代して貰い、私が4thを担当しました。

この怪我を経て、ランニングのテクニックを身に着けたいと思い、ランニングコーチとのトレーニングを行っています。」

 

――ポーランドがテクニカルなターニングポイントで、今回はフィジカルのターニングポイントになったのですね。どのようなトレーニングでしょうか?

 

「走るという動作は奥が深いと思うようになりました。地面の反力を巧くとらえられるようにするランニングドリルなどを行い、体に負担をかけずに走ることにトライしています。これから年齢も上がっていきますから、自分が楽に走れるようなランニングテクニックを身に着ければ、コンディションの維持に繋がると思っています。」

 

――木村さんを2010年から取材(参照リンク)させて頂いていますが、今回のお話を訊いてもご自身のレフェリー哲学は2010年から貫徹されていると感じました。一方で、変わったのが木村さんの年齢で、今は日本の審判界を引っ張る立場にもなっていると思うのですが、Jリーグ担当審判員全体の目標はありますか?

 

「スムーズに試合が運ばれる、それはVAR含めて、上手く受け入れられるレフェリングを継続出来るようにしたいです。

我々がフィールド上で出来るのは、選手の状態や試合の雰囲気を汲み取って、それに沿った形で試合を進めることです。その感覚を皆で精査しながら取り組んでいきたいです。」

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