石井紘人のFootball Referee Journal

「我々審判委員会は審判員の環境を作る。主審や副審も選手と同じようにミスや挫折で成長していく」「10代は審判だけでなく選手としてもプレーして欲しい」【扇谷健司Jリーグ審判デベロップメントシニアマネジャーインタビュー後編】

「審判員」。サッカーの試合で不可欠ながらも、役割や実情はあまり知られていない。例えば、「審判員」と法を裁く「裁判官」を同等に語るなど、本質の違いを見かけることもあれば、「審判員にはペナルティがない」という誤った認識を持っている人も少なくはない。

罰するために競技規則を適用しているわけではなく、良い試合を作るために競技規則を適用していく。それが審判員だ。

そんな審判員のインタビューを、『サッカーダイジェスト』と『週刊審判批評』(株式会社ダブルインフィニティ)が前編と後編に分け、隔月で連載していく。第1回はJリーグ審判デベロップメントシニアマネジャーの扇谷健司氏にインタビューを行なった。

 

取材・文●石井紘人 @targma_fbrj

 

>>>前編はこちらから

 

―OFR(オンフィールドレビュー)によりアディショナルタイム(AT)が長くなる試合が増えたように感じています。

 

Jリーグの方に今季は昨季よりATは1分くらい長くなっていると聞いています。昨季も飲水タイムがあったので、以前より長くなったらしいのですが、今季はVAR(ビデオアシスタントレフェリー)分で長くなっているのでしょう。

(前編で話した)柏対札幌はAT10分で、VARで8分くらい使っています。20節の湘南対柏戦もATは9分。縮める必要があります。

ただ、世界大会とJリーグには違いがあります。普通はAT中に得点や交代があれば、その分、ATは伸ばしたりしますよね。でも、ワールドカップの経験がある審判員によれば、ワールドカップはAT伸ばすことなく終わらせてしまうそうです。そういうこともあり、JリーグのATが長く感じるのではないでしょうか。

Jリーグでワールドカップと同じ終わらせ方をすると、チームからの不満が起きると思います。というのも、Jリーグでは、ATが短いと感じた時は、説明を求められることがあるんです。

もちろん、18節の鹿島対仙台戦(参照リンク)のように「長すぎる」という声もありますが、私は説明できる長さだったと思っています。そういった説明ができる環境がJリーグでは大事ではないでしょうか。ワールドカップは、そこでチームは解散ですが、リーグは翌年も続きます。信頼関係も必要になりますから、ATはしっかりと取るべきだと考えます。

そう考えると、いくつか長くなった試合がありましたが、昨季より1分伸びたATは長すぎると考えていません」

 

――VARから派生した質問です。一発退場に値しなければ、審判に見えないところでの悪質な行為にVARは助言できません。こういった行為を防ぐために規律委員会との連係(参照リンク)が考えられると思います。

 

「審判委員会はJFAで、規律委員会はJリーグ。近いように見えて、決して近くはない。審判委員会からひとり、規律委員会のメンバーに入っていますが、審判委員会と規律委員会でなにか話を進めることはありません。審判はピッチ上での判断をJリーグに報告するだけ。規律委員会はその報告書に則って該当者に判定を下します」

 

――ですが現状は規律委員会への不満が審判員への不満になっています。

 

「それは感じています。選手にも『あの判定で1試合の出場停止になった』『あの反則で出場停止なしなの?』と言われたことがあります。おそらく『審判側が罰則を決めている』認識なのでしょう。審判は罰則を決めていないということを理解いただきたいです」

 

――これも審判が変えられませんが、説得力を高めるために「際どい判定にはOFRを」という声をよく耳にします。

 

「ホームなのか、アウェイなのか。他にも様々な立場によって考え方は変わるのではないでしょうか。だからこそ、IFAB(国際サッカー評議会)はVARが助言する事象を限定しているのだと思います。「1回はOFRで映像を見たほうが良いのではないか?」という記事を目にしたことはあります。ただ、説得力を高めるためだけに試合を何回も止めて良いのかなと思いますし、求められている透明性がOFRなのかは疑問です」

 

――もっとも、VARではインパクトある誤審は防げています。レフェリーの心理的なプレッシャーが軽減され、レフェリングが向上するのでしょうか? もしくは、緊張感が減ることによる弊害はある?

 

「シーズン前に、私から審判員に『とにかくピッチ上のジャッジをしっかりとやってほしい。VARはあくまでもアシスタントであり、VAR頼みになってはいけない。そもそもでピッチ上で正しいジャッジが出来ればVARは必要ない』と伝えました。

我々は、VARは何か起きてしまった時の後ろ盾だと捉えています。だから、決してプレッシャーが軽減されたとは思いません。大切なのはピッチ上での判定を突き詰めていくこと。もちろん、後ろ盾となってくれるVARがプレッシャーの軽減となっているかもしれません。

ですが近年はカメラ台数も増え、スマートフォンで映像を見ることができますよね? たとえば、コーナーキックかゴールキックかの判定にVARは助言しません。VARが助言できないところで正しくない判定も起きてしまいます。テクノロジーが導入されても、プレッシャーは変わりません」

 

――では、プレッシャーとは違って挫折の話を。もし、J2J3にもVARが導入されれば、インパクトある誤審を経験するレフェリーが少なくなります。選手も挫折、失敗から学ぶことは多いですが、審判員の挫折が少なくなるのはどう感じていますか?

 

OFRはレフェリーが正しく判定できていないとVARが考えているから行なわれます。ということは、OFR自体、レフェリーにとって改善しなければいけません。

審判員は「VARがあったから問題なかった」とは考えません。どうすれば自分たちの目でベストの判定をできたのか。それを試合後に考えるでしょうし、アセッサーも指導します。

VARで挫折がなくなったのではなく、「誤審をした」と長々と攻撃されることが減ったのだと思っています」

 

――J1は先ほど振り返っていただきました。今季のJ2はどうでしょう?

 

「率直にJ2は難しいシーンが多かったと思います。J2はJ1よりも経験が少ない審判員が担当している影響も多少はあります。でも、ミスをどのように消化していくのか。そこはポイントですし、それによりレフェリングは向上します。

もちろん選手やチームにとって審判員のミスは受け入れられないはず。そういう時に審判委員会がチームとしっかりと向き合います。

隠れるのではなく「ベストを尽くしても、人間ですし、スポーツなので審判員にもミスが起きてしまう」とチームの方々にご理解いただけるようにコミュニケーションを取っていきます」

 

――扇谷さんはJリーグ審判デベロップメントシニアマネジャーになりました。今後、変えていきたいことは?

 

「審判員が安心して試合に臨めるようにしたい。それは精神的にも環境的にも。そして、審判員がより認知されること。

Jリーグ担当審判員の9割が別の仕事をしています。お休みを使って活動しているんです。そういった方々の環境を整えること。待遇面も含めてです。

あとは、審判員の難しさを知っていただいて、審判員に興味を持つ人も増やしていきたいです」

 

――環境を変えるのはなかなか難しいはずです。

 

「他のスポーツよりもサッカーへの関心は高いと思っています。でも、審判員となると、まだまだ理解は進んでいません。欧州だと、『審判員=凄い仕事』だと理解される国が多々あります。

日本の審判員では審判報酬を受け取れない方もいます。副業になってしまうなど本業との関係があるのでしょう。他にも、単純に休みの問題で割り当てを受けられないこともある(参考記事:欧州社会には無給休暇文化がある)。

これを変えるのはすごく大変だと思います。今日のインタビューを読んでいただいて、審判員への理解が深まれば良いですね。サッカーへの関心が高まったのも地道な努力があるように、一朝一夕には完成しません。簡単には変わらないですが、努力は続けます」

 

――その認知度にもつながると思いますが、ワールドカップや五輪に日本人レフェリーが選出されるのは重要な意味を持ちます。ただ、東京五輪は木村博之PR(プロフェッショナルレフェリー:JFAと契約するプロの審判員)のサポートレフェリーのみに留まりました。

 

「東京五輪で日本が決勝、準決勝へ進むのが理想ではありますが、そうでない場合は日本のレフェリーが決勝トーナメントを担当するのを見たかったです。国際大会では、ホストカントリーのレフェリーがいますよね? 日本のレフェリーには、その実力があると思いますが、残念ながら選ばれませんでした。立場上、多くは語れないので、『不思議だな』というコメントに留めさせてください」

 

――さて、話は変わりますが、審判員も世代交代が進んでいます。今のJリーグ担当審判員の良さや強み、改善点を教えてください。

 

「日本の審判員の良さは誠実さです。コンディショニング管理、ミスを認めるなど、とにかく真面目です。課題は年齢でしょうか。世界の審判員はどんどん若くなっています。マイケル・オリバー(参照リンク)は14歳でレフェリーとなり、25歳でプレミアリーグの笛を吹きました。EUROでも優秀な若手レフェリーが割り当てを受けています。いかに経験を積ませて世界に羽ばたかせ。これがテーマです」

 

――若いレフェリーを育てるためのプランはありますか?

 

JFAはユース審判員を育成しています(参照リンク)。たとえば、全日本少年サッカー大会の審判員はユース審判員が担当しています。10代で審判員に専念してほしいわけではなく、プレーもしながら20代前半くらいから審判員に専念してほしい。そこから一級審判員になり、20代のJリーグ担当レフェリーを輩出したいです。今は若くても30代なんですよね。もちろん、若ければ良いわけではありません。御厨貴文さんのように、引退したJリーガーが審判員になる道もあったほうが良いです」

 

――90年代の日本の審判員は判定力を重視していたと感じています。2017年にレイモンド・オリヴィエさん(元JFA審判委員会副委員長)がJFAに来てから、コミュニケーションやエンパシーも重視する流れに。扇谷さんは今後の流れをどのように考えていますか?

 

「私もレイ(レイモンド・オリヴィエ)さんから多くを学びましたし、今でも連絡を取っています。日本人は杓子定規に当てはめるのが得意で、そのようなレフェリングだったとも思います。ですが、レイさんは『サッカーというスポーツの中での審判』というのを意識されていて、我々もそれをJリーグ担当審判員に求めています。

Jリーグというエンターティメントの中で審判員はどうあるべきなのか。例で言うと、コンタクトプレーのジャッジは数年前に比べて変わり、それがJリーグの面白さに貢献できているはずです。ただ、コンタクトプレーの見極めは難しい。今後はそのレフェリングのクオリティを上げていきたいと考えています。」

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