川本梅花 フットボールタクティクス

【無料記事】ジョゼ・モウリーニョの言葉(ASローマ監督)「戦術自体が問われる時代は終わった。戦術そのものではなく、戦術を実現するためのトレーニングで監督の差がつく」

ジョゼ・モウリーニョ(José Mourinho)の言葉

ジョゼ モウリーニョは、世界で常に注目されてきた監督の1人である。イタリアセリエAのインテル・ミラノ、イングランドプレミアリーグのチェルシーやマンチェスター・ユナイテッド、スペインのリーガエスパニョールのレアル・マドリードを指揮してきた彼は、2021-22シーズンからセリエAのASローマの監督として再びイタリアに戻ってきた。

モウリーニョの経歴を少し紹介しよう。サッカー選手で監督も務めた父は影響によって母国ポルトガルでサッカーを始める。彼は15歳で選手としての限界を感じて、プロフェッショナルプレーヤーの道を諦める。首都のリスボンで体育大学に進んで教職の資格を取得する。体育教師をしながら地元のジュニアチームのコーチを担当した。これがモウリーニョの指導者としての第一歩となる。

■「ルサンチマン」の体現者

彼が指導していた時代のユース世代は、ポルトガル黄金世代と呼ばれて、フィーゴやルイ コスタなどの有望株が名を連ねた。そんな中で彼が率いたチームは14連勝を記録する。15連勝を目指した試合でついに敗れてしまった。敗北に落ち込む選手たち。モウリーニョは子供たちに、次の言葉を記したメダルを首にかけていった。1260分間勝ち続けたことをたたえる。

フィーゴやルイ コスタを擁するチームには勝てないと誰もが考えた。そんな世間の評判を覆すために、「君たちは勝てる。こうすれば勝てるから」と「戦術的」や「心理的」にチームを鼓舞していった。「1260分間勝ち続けたことをたたえる」と子供たちに伝えたこの言葉が、モウリーニョの監督としての性格を良く表している。私は、モウリーニョは「ルサンチマン」の表現者だと確信している。表現者を体現者と言い換えてもいい。「ルサンチマン」とは、弱者が強者に対して抱く「うらみ」や「嫉妬」の感情である。フランス語のこの言葉を一般化したのは哲学者ニーチェである。彼が書いた『道徳の系譜』の中に「弱者の強者による嫉みが道徳観となる」と「ルサンチマン」を定義づけた。この「ルサンチマン」の感情がモウリーニョを支えてきたと想像できる。彼が率いたジュニアチームは「弱者」と呼ばれる存在だ。名前の知られた選手はチームには1人もいない。一方で、「強者」となる相手チームには、世界的に名を馳せることになる選手がいた。「弱者」が「強者」に打ち勝つために必要なものは何か? それが「ルサンチマン」の「感情」であって、なおかつその「感情」を支えたのが「戦術的」や「心理的」かもたらされる優位性なのである。「1260分間勝ち続けたことをたたえる」と述べたモウリーニョのこの言葉は、「弱者」である自分たちが「弱者」であることを認識してトレーニングを重ねた結果、「強者」に対して「戦術的」にも「心理的」にも凌駕したことをたたえているのである。

■「戦術的ピリオダイゼーション」の先駆者

モウリーニョは、誰よりも早く練習場に姿を現す。現在監督をしているASローマでの情報はないのだが、トレーニングの1回のセッションは、必ず試合時間と同じ90分で構成されていた。45分の練習と15分のインターバルの後で45分のトレーニングを組む。トレーニングの内容は、「ゲームモデル」「プレー原則」「システム」の3つの要素を組み込む。モウリーニョは、トレーニングに関して次の発言をしている。

戦術自体が問われる時代は終わった。戦術そのものではなく、戦術を実現するためのトレーニングで監督の差がつく。

モウリーニョのこの言葉が意味するものは何か? モウリーニョが先駆者となった「戦術的ピリオダイゼーション」の理論を前提にした意味内容なのである。「戦術的ピリオダイゼーション」の理論は、ポルト大学のビクトル フラーデが初めに提唱した。英語の「ピリオダイゼーション」(periodization)の意味は、「スポーツ医学において時宜に応じたトレーニング計画を立てる手法」のことである。したがって、「戦術的ピリオダイゼーション」と言った場合、サッカーだけに限らずフェンシングなどにもこの理論は取り入れられている。この理論を考える際に、サッカーは「意思決定」のスポーツであることが前提になる。選手たちが同じ方向性を向いて、同じような判断をして、同じように考えられないとならない。そうした「意思決定」を明確にするためには、選手たちがイメージを持てるモデルが必要となる。それを「ゲームモデル」と呼ぶ。「ゲームモデル」には、チームのアイデンティティーや監督がどのようなフィロソフィを持っているのか、さらにどのようなサッカーを通してその目標を実現しようとするのかの集積である。

「プレー原則」は、選手の能力や個性を勘案した上で成り立つ。プレーを通してピッチ上に実現すべき特定の状況でいかに対処するのかを具体化する。「攻撃」「守備」「攻守守攻の切り替え」の具体的な提示。

「ゲームモデル」と「プレー原則」にかなう「システム」を採用する。試合を含む1週間の中で、「ゲームモデル」「プレー原則」「システム」を実現化できるトレーニングメニューを考案して実践していく。こうしたトレーニング理論を「戦術的ピリオダイゼーション」と呼ぶ。「戦術自体が問われる時代は終わった。戦術そのものではなく、戦術を実現するためのトレーニングで監督の差がつく。」のモウリーニョの言葉は、「戦術的ピリオダイゼーション」が実践できるかどうかで監督の評価が決まると発言している。

多くのアフォリズム(箴言)を発しているモウリーニョの言葉は今後も注目に値する。

川本梅花

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ