川本梅花 フットボールタクティクス

【ノンフィクション】ヴァンフォーレ甲府 社長 佐久間悟 ―人生のすべてをサッカーに捧げる― 【無料記事】

残留争いの中で監督に就任

ロバートの後を引き継いだ佐久間は、監督として選手とコミュニケーションを盛んにとる。監督と選手の信頼関係を築く努力をする。そして、かつてピムが求めた「ハードワーク」を選手に求める。ある日の練習で、気の抜けたプレーをしていたレアンドロに「なんで一生懸命にやらない!」と直接言ったことがある。レアンドロは。「なんで言われなきゃいけないんだ?」と不貞腐れた態度をとる。それを見た佐久間が、レアンドロに詰め寄って険悪な空気を作ってしまう。彼らのやり取りを見た藤本主税が「あんまりやり過ぎると、チームの雰囲気が悪くなるのでやめてください」とたしなめられたほどだった。佐久間の厳しさは、日に日に増していく。

8 月26日の名古屋戦は、前半のスコアーが0-3になっていた。ハーフタイムで監督と選手の話し合いがあった。佐久間は「後半は守備的にやれ」と提言する。選手たちは、当然反発する。「0-3で負けているのに、ここで守備的にやる意味があるんですか?」。選手たちの返答に佐久間は興奮して次のように熱を入れて話す。

「じゃお前ら、0-3で負けているのは、守備の意識がまったくないからだろう。ここ一番で身体を張る。必死に耐える。タックルをする。今のお前らは10本シュートを打っても1本も入らないよ。相手は、シュートを3本打ったら3本入る。プロならば負け方を考えろ。0-3のこの状況で、4点取ってひっくり返せる自信があるのか」

選手全員は黙ってしまう。翌日の帰りの新幹線で、佐久間が座っていた隣の座席に藤本が腰を下ろす。

「昨日、試合が終わってから(小林)慶行、波戸と話したんです。俺ら、ハーフタイムであんな風に言ったんですが、俺らってJ1にいることが大切なんじゃないかって。もう1回、原点に戻って、基本から取り組みたいと思うんです。それが大宮だと思うので」

残留を決めた日、家まで帰る車の中で「大宮での仕事は終わったな」と呟く。「僕は、この年で大宮を辞めようと思ったんです。自分が監督をやって、選手も2007 年に大幅に補強してもらって、2008年は、もう1回やろうとは考えられなかった。久永も売ったし、トニーニョも出した。1年間選手に苦労をかけた。信頼していたロバートも途中で解雇した。残留したからここに残る理由が見出せなかった」と話す。

大宮に別れを告げて甲府に旅立つ

2008年、佐久間は監督とゼネラルマネージャーを務めるように会社から伝えられる。しかし佐久間は、「僕の中で、その時に存在意義が自分の中でなかったんですよね。僕がその空間にいる理由が見出せなかった。なぜ、監督でいる理由があるのか。強化部長でいる理由があるのか。僕の中で、大宮にいる理由が導き出せないというか…。まあ、留意されてテクニカルディレクターで残ることになったんです。樋口さんを呼んで彼をサポートしよう、と思いました」と語った。佐久間は樋口のサッカーに関して、「前線からのプレッシングはあったんです。でもあの頃の大宮は、高齢化もあってなかなかうまく機能しなかったですね」と述べた。

佐久間は、大宮を外の世界から俯瞰して見ることになる。

「大宮に期待したいと思うのは、やっぱり、勝つ負けるというのもあるんですが、この指導者といたら、すごくいろんな影響を受けるという人を連れてきてもらいたい。そして、サッカーを通しての生活観や人生観だったりを発信できるクラブであってほしい」

大宮のすべてを知る時代の証言者は、新しい舞台で多くのアイデアを持って臨もうとする。ピムによって人間性を磨かれた一人の人間は、ピムの影に別れを告げながら、これまでの人生を捧げた大宮をあとにして、ヴァンフォーレ甲府に旅立って行った。

川本梅花

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