川本梅花 フットボールタクティクス

【無料記事】U-24日本代表についての雑感(4)総括―ロンドン五輪と同じような風景―【コラム】

【コラム】U-24日本代表についての雑感(4)総括―いつか見た風景―

正直に言ってショックな敗戦だった。Tokyo 2020(東京五輪)男子サッカーの「総括」を書こうとしたけど、最初の出だしで指が止まってしまった。したがって、この書き出しは、記事公開の数時間前に書いている。ショックだったのには理由がある。もちろん敗戦自体もショックだったが、壊さなければいけない「壁」は分厚く、この先の長い道のりを再認識させられたからだった。

3位決定戦・メキシコ代表戦に敗れた後、「この風景はいつか見たな」と思った。その「いつか」は、2012年のロンドン五輪、日本代表が同じように3位決定戦で敗れた日のこと。僕は当時、ロンドン五輪で取材していて、以下のノンフィクションを書いた。この文章を読んでもらえば、当時の状況がよく分かるはずだ。

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ロンドン五輪と東京五輪の守備の経緯は、基本的に同じようだ。ロンドン五輪では吉田 麻也を筆頭に、守備のやり方を選手間で詰めていき、監督だった関塚 隆氏に直談判して守備のやり方を変える。選手たちの話し合いは、ものすごく細かい部分までチェックしていた。例えばグループステージ・スペイン代表戦では、相手センターバック(CB)の利き足が左なので、彼が右足でボールを持ったらプレスに行ってタッチライン側に追い込むというように、細かく打ち合わせをした。さらに、攻撃に関しても、FWの永井 謙佑(現FC東京所属)のスピードを活かすために、どのタイミングでボールを相手DFの裏に蹴るかなどのすり合わせも行われた。

今回の東京五輪も同じように、守備に関しては選手間での打ち合わせで行われたようだ。当然、吉田が中心だろう。攻撃に関しても、選手に任せていたと考えられる。これは攻撃陣に聞いていないので分からないが、試合を見れば「個」の突破力を優先した、選手任せのやり方だったとしか見えなかった。断っておくが、それがダメだとは言わない。

サッカーの監督の仕事は試合開始前に、その7~8割は終わっている。ピッチ内で常にボールが動くサッカーでは、トレーニングのように試合を止めて指示は出せない。テクニカルエリアで選手に指示を出せるものの、観客がスタジアムにいれば監督の声はほとんど届かない。もっとも東京五輪は原則無観客だったため、監督の声が届いていたはずだが。

ハーフタイムの15分間も指示を出せるタイミングだ。しかし選手たちがロッカールームに戻ってユニホームを着替える時間などを考慮すれば、監督が選手と話せる時間は5分程度。もちろん選手交代も監督の仕事だが、試合中に監督ができる仕事は限られている。

最も重要な監督の仕事は、良い準備をしてベストな状態で選手をピッチに送り出すこと。そういう意味で、監督の仕事は試合開始前に7~8割は終わっている。加えて代表チームはクラブとは異なり、選手を招集できる期間が限定される。今回のU-24日本代表はオーバーエイジ枠も含めて海外でプレーする選手が多いため、自国開催のオリンピックであってもクラブチームのような指導はできない。複雑な戦術を落とし込むことは、時間的に困難となっている。

結果、選手が中心になって守備戦術や攻撃戦術を実行する。欧州の最先端の戦術を叩き込まれている選手たちだから、すり合わせはそんなに難しくない。では、監督は何もしないのか。もちろん、そんなことはない。自分の目指すスタイルを選手たちに伝え、実行させなければならない。そのためには、以下の仕事が重要になる。

  1. なんらかのシチュエーションを再現したトレーニングを行う
  2. 選手のコンディション調整の指針を決める
  3. トレーナーやフィジカルコーチなどの専門スタッフに指示を出す

「戦術3割 マネジメント7割」。これが監督にできる仕事の内訳になる。先にも述べたように、複雑で高度な戦術を与えられた短い時間で完成させることは難しい。代表チームの監督にできることは、スタイルを伝えて「交通整理」をするくらいで、監督の力量はマネジメント面、つまり大会をどうやって乗り切っていくのかで問われる。今回の日本代表は、遠藤 航、田中 碧ら、バックアップメンバーの選考が勝敗を分けた。3位決定戦・メキシコ戦で見られた遠藤のミスは、コンディションの悪さがもたらした結果だからだ。

「戦術3割 マネジメント7割」。欧州では戦術だけでなく、マネジメントも日々更新されている。欧州のレベルに追いつくため現在できることは、S級ライセンスの門戸を広げ、海外でライセンスを取った指導者にS級ライセンス取得のチャンス与えることだろう。最先端の戦術だけでなく、オートマチックなマネジメントをもっと取り入れる必要がある。そのためにも、S級ライセンスを受講できる人を増やさなければならない。選手としての実績がなくても日本や海外で仕事をしている人、あるいは日本における実績だけではなく、海外クラブにおける実績も考慮して、もっとチャンスを与えるべきなのだ。

選手だけでなく、指導者にも海外で活躍することが求められる時代。それが来た時、初めてワールドカップやオリンピックでの「壁」を打ち破れるのだと実感している。

川本梅花

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