川本梅花 フットボールタクティクス

【コラム】#片野坂知宏 のすべてを解き明かす【無料記事】『救世主監督 片野坂知宏』#ひぐらしひなつ 著

『救世主監督 片野坂知宏』(内外出版社)ひぐらしひなつ著

『救世主監督 片野坂知宏』の著者は、大分トリニータをずっと取材されてきた「ひぐらしひなつ」さんです。ひなつさんの名前を初めて聞いたのは、サッカージャーナリストのミカミカンタさんからでした。ミカミさんはひなつさんのことを「この人は文章が書ける」と言っていました。それ以来、私の頭の中は「文章が書けるひなつさん」というフレーズで占拠されたのです。それからと言うもの、私はひなつさんのコラムを読みあさるようになりました。そして時間が経つにつれて、私はひなつさんの文章の虜(とりこ)になっていったのです。

実在するひなつさんにお会いしたのは、大分がJ3にいた頃です。SC相模原が大分と戦った試合でした。スタジアムの記者席でサッカーライターの江藤高志くんと並んで観戦しているひなつさんを見つけて、挨拶したのが初めてでした。二度目は、J2のカテゴリーで水戸が大分と試合をした時です。Twitter(ツイッター)で、ひなつさんが誕生日を迎えると知ったので、ア・ラ・カンパーニュのお菓子を渡しました。ひなつさんからは、大分のお菓子をプレゼントされたのです。J3-J2と来たのなら、もしかして、次に再会するのはJ1の舞台になるかもしれないんですよね。それが水戸であったら、うれしいんですが。

ところで、ひなつさんが本を出すたびに私は自分でお金を出して買うようにしています。私は恵贈をなるべく受け取らないで、自分で買うようにしているのです。それが、著者に対する私のスタンスでもあります。私が本を買ったからどうなのか、というわけではないのですが、私の経験上、本を書いて出版するためには、労力と時間が掛かるのです。私は、著者に対する敬意として自分で本を買うようにしています。

ひなつさんは、本書も含めてサッカー本を4冊出されています。

『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』(内外出版社)
『監督の異常な愛情』(内外出版社)
大分から世界へ: 大分トリニータ・ユースの挑戦(出版芸術社)

私は、本コラムのタイトルを「片野坂知宏のすべてを解き明かす」にしました。ここで指し示す「解き明かす」とは、片野坂監督の性格や人柄を明らかにするのはもちろん、重要なのは片野坂サッカーの戦術をも解き明かしているところです。

まず、この本の目次を見てみましょう。

  • プロローグ 爆誕!救世主監督カタノサカ
  • 〝秘技・猫じゃらし〟にみんな釘付け
  • 全員脇役! 選ばれし30人の戦士たち
  • プログレッシブ理論派チーム
  • カタノサッカーの弱点はここだ!
  • 釣り針は緻密に仕掛けるべし
  • 西京極の虹を見たかい
  • 続出! それぞれの〝カタノサッカー封じ〟
  • 変態には変態で応戦だ!
  • 左サイドが火急的人材難に!
  • 立ちはだかる壁を侵食せよ
  • 戦術のぶつけ合いはジャンケン的でもある
  • 初めての3連敗!
  • 世界の捉え方が変わった!
  • 奪い合うのはボールではなくスペースだ
  • 援軍・浅田飴登場!
  • そこにシステムはあるのかい?
  • ヒートマップひとコマのシンデレラ
  • 起死回生! 優勝の望みを繋ぐ劇的決勝弾
  • ついにそのときが来た
  • 救世主、大分の地にとどまる
  • データで読み解くカタノサッカー
  • 叩き上げストライカー、全国にバレる
  • 参上! J2オールスターズ
  • バレないうちに勝点を積み上げるんだ!
  • カタノサッカー、ミシャ式に挑む
  • 悩めるストライカー再び
  • 次への扉が見えてきた
  • 肉を切らせて骨をイマイチ断ててない!
  • エピローグ 進化系スタイル「カタノサッカー」

目次にあるひとつの小見出しは、2ページから4ページの分量で文章が綴られています。小見出しの順番はJ2からJ1へと昇格する時間軸に従っています。内容としては、試合に関する具体的なトピックを通して「カタノサッカー」が記されます。では、具体的な文章を示して少しだけ本書の魅力の扉を開いてみようと思います。

「カタノサッカーの弱点はここだ!」(p.31-34)

2018明治安田生命J2リーグ第2節・モンテディオ山形戦の話です。私は、この項の文章を読んで「そうだけどこれはいいの?」と飲んでいたコーヒーを口から吹き出してしまいました。だって、カタノサッカーの弱点を思いっきり書いてしまっているからです。

「カタノサッカーは、こちらが動かすボールを相手が奪いにきてこと威力を発揮する。まず大前提として、相手に奪われることなくボールを動かせなくてはならない。マッチアップした相手にパスコースを封じられればボールを後ろに戻すしかなくなってしまうし、パスの受け手がうまく相手の間に顔を出したとしても、少ないタッチでテンポよく出さなければ次第に相手のプレスにハメられてしまう。(中略)いくらボールを動かしても相手がブロックを構えて食いついてこなければ、スペースが生まれず攻撃のスイッチは入らない。この戦術を貫く以上、宿命的なウイークポイントだった」

「宿命的なウイークポイント」。なんと美しい響きの言葉なのでしょうか。いいですか、「宿命的なウイークポイント」なんですよ。辞書によれば「宿命的」とは、「もともとそう定まっていて、それを変えるのは不可能であるように思われるさま」とあります。「ウイークポイント」の方は「弱み」です。通した意味は「変えるのは不可能な弱み」になります。当然、ほかのクラブチームは、この「宿命的なウイークポイント」を攻めてきますよね。そうした相手側の策略をもカタノサッカーは克服してきた、と著者のひなつさんは具体例を挙げて解き明かしていくのです。

「夢に見たその日がやってきた」(p.44-48)

大分はジェフユナイテッド千葉を苦手にしているようです。そうした苦手意識を払拭する勝利を手に入れるまでの模様が記されています。大きな熱量を感じさせる文筆になっています。ただし、読み進めていくと、なぜか「クスッ」と笑ってしまうんです。

「かたさんはそのタイミングを見逃さない。林容平と馬場賢治を、伊佐耕平と清本拓己へと2枚替えする。出た! “戦術・伊佐”」

「川西は、シュートコースを消そうと幾重にも前を阻むジェフの守備陣を鮮やかな切り返しで幻惑すると、隙を突いて右足を振り抜きネットを揺らした。なに今のエグザイルみたいないヤツ! 真後ろから見ると、川西の体重移動で(川西は背を向けているけど)「Choo Choo TRAINの回るやつ」みたいなズレが生じている。このエグザイルシュートの瞬間、カタさんも思わずテクニカルエリアで両手を上げてガッツポーズをした」

この文章を読んだら、笑うしかないでしょ。「“戦術・伊佐”」という「戦術」。「Choo Choo TRAINの回るやつ」ってどんなシュートなんだと、ひなつさん、表現がうまいよ。

前半から飛ばして書かれている本書ですが、後半になると、J1の舞台での話題になります。そして、あのストライカーの項へと物語は進行していくのです。

「叩き上げのストライカー、全国にバレる」(p.178-182)

2019明治安田生命J1リーグ、鹿島アントラーズとの開幕戦。この試合で藤本憲明はゴールを決めて時の人になったんですね。

「大変だったのは試合後だ。全報道陣が藤本に飛びついた。なにしろそのサッカー経歴に話題性がある。(・・・)うちらコツコツと取材してきたのにねえ、と大分から来た記者たちと言い合いながらホテルに帰った翌朝、コンビニ店頭に並ぶスポーツ新聞の一面にデカデカと並ぶ「藤本」「藤本」「大分」「藤本」。バレたな。自分たちだけの宝物が見つかってSNSにさらされたような、うれしさと恥ずかしさと、ちょっとだけのさみしさと」

私は、特定のクラブを追い続けたことがありません。だから、ひとつのクラブに対する思い入れを分かろうとしても無理があります。しかし、ひなつさんの文章を読むと、藤本がいずれは豊富な資金を持つ大きなクラブに引き抜かれるのだろう、との思いを想像することができるのです。時には「切なくてさみしい」思いを抱かせてくれさえします。そんな風に思わせる文章を書けるのが、ひぐらしひなつさんというサッカーライターなのです。

アマゾンでも書店でもいいから、皆さん、買って読みましょう。

クスッと笑えてちょっと切なくなる、不思議な魅力を持つ本書を私はオススメします。

川本梅花

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