川本梅花 フットボールタクティクス

【コラム】未発表コラム…バイロン モレノの真実【無料記事】レッドカード、アディショナルタイムから見える「考えの癖」

バイロン モレノの真実

サッカーニュースサイトから思いも寄らない懐かしい名前が目に飛び込んできた。

この記事のタイトル【日韓W杯イタリア戦誤審疑惑のモレノ氏、判定に自信「レッドカードを見逃しただけ」】に記された「モレノ」という名前を見た時、すぐに「あのバイロン モレノ」だと気づかされた読者も多いだろう。日韓共催W杯でイタリア代表を地獄の底に突き落とした、あのバイロン モレノ主審である。モレノ氏が2019年になって、当時の判定をテレビ番組で語るという内容のようだ。

日韓共催W杯の時に、筆者は、スイスのジュネーヴ大学大学院に在籍していた。したがってW杯の試合は、ジュネーヴの間借りしていた家でTV観戦をした。試合の翌日は、駅の売店に行ってスポーツ新聞の「レキップ」を買って情報を得ていた。当時のモレノ氏の誤審に関して、フランスのテレビ局やサッカー週刊誌「フランスフットボール」なども特集を組んで、モレノ氏がどうしてあのような誤審に至ったのかを検証している。

そうした中でフランス「レキップ」紙のある記者が、モレノ氏の出身地エクアドルに出向き、直接本人にインタビューした記事が掲載された。ルポルタージュ風に彩られた記事は、物事の核心に迫る前に、霧で覆われた世界は簡単に見ることができないと言わんばかりに、答えを読者に委ねた書き方をしていた。

そこで筆者は、「レキップ」紙の記者の記事を参考にしながら、モレノ氏の疑惑の判定について検証してみようと考えた。それが、以下に記された16年間保存されたままパソコンに眠っていた未発表のコラムである。コラムのタイトルは「バイロン モレノの真実」であった。

バイロン モレノの真実

日韓共催W杯で最も注目を集めた主審、エクアドル人のバイロン モレノ氏について、さまざまな報道が行われてきた。これから書こうとすることは、最近のモレノ氏に関する報道や、レキップ紙記者が現地でモレノ氏を取材した内容などをもとに、モレノ氏の行動原理を探ってみたい。

最も新しい情報は、デポルティボ・クエンカとキトとの一戦で主審を務めたモレノ氏が、3枚のレッドカードを出した。そのレッドカードのジャッジが、《適切ではない》とエクアドルサッカー協会に判断され、次節の試合でモレノ氏は休養を申しつけられたという。

この試合は、主審モレノの公式戦での復帰最初のゲームだった。エクアドルサッカー協会は、モレノ氏のジャッジの不的確さを問題にし、国内リーグのみ20試合の職務停止を命じていた。ピッチに復帰して、最初の試合のジャッジが、またしても問題にされてしまった。

モレノ氏の判定は何が間違っているのか、なぜ同じ人間が似たようなミスを繰り返すのか。それは、モレノ氏の考え方ややり方に、ある決まった原理があり、彼がその行動原理を守ろうとするから、変なジャッジが次々と起こるとしか考えられない。

行動原理というと堅苦しい言葉だが、簡単に言えば「考え方の癖による行い」で、なんらかの宗教や信仰に依存した行動の意味ではない。モレノ氏の「考え方の癖による行い」とは、どのようなものか。

本稿は、ステファン レルミット記者の取材、さらに記者とエクアドル人のバイロン モレノ氏の会話、そしてその記事を読み、ほかのメディアでのモレノ氏に関する記事に注意してきた筆者(私)の読解である。

2002年6月の日韓共催W杯、韓国代表対イタリア代表の一戦は記憶に新しい。トンマージのゴールが副審の示したオフサイドを受け入れてゴールを取り消し、さらにペナルティエリア内でトッティが倒された行為をシミュレーションと判定し、トッティに退場処分を与える。モレノ氏のジャッジは「疑惑の判定」と言われ、W杯後にエクアドルに戻ったモレノ氏の生活が急に贅沢になったなどの話が伝えられた。

さらに昨年9月にエクアドルで行われた選手権、キト対バルセロナの一戦では、地元キトにアディショナルタイム6分を与え、実際には、後半45分終了してからトータルで 、12分間ゲームを続けさせた。試合は、キトが異例のアディショナルタイムの中で逆転し、4-3で勝利を収めた。この12分というアディショナルタイムを巡って、協会に抗議が殺到し、この試合のジャッジが原因で、モレノ氏はリーグ戦20試合の職業停止処分を受ける。

続く同年10月には、キトの市議会議員選挙に立候補する。選挙結果は、惨敗で落選に終わる。9月の試合で取ったアディショナルタイム12分は、地元キトのクラブに有利に計らって、選挙票を獲得するための行為だと言われた。何かを行えば、その行いには、思惑があると言われるモレノ氏は、普段どんな生活をしているのか。レキップ記者は、エクアドルのキトに赴き、モレノ氏の日常をのぞき込む。

記者がモレノ氏から受けた印象を、彼の表情から深い悲しみが見られたと述べる。彼はため息をつきながら「虚しいです。(判定を疑われたことや職業停止処分には)不自由さを感じます。これは、不当な扱いです。私は、常に正しくストイックでいました。私が取った行動(W杯のジャッジや地元リーグ戦でのトータル12分のアディショナルタイム)は、正しいかったと確信しています」と話す。

FIFAは、W杯でモレノが出したトッティに対するレッドカードを誤審だと認め、さらにイタリアサッカー協会の異議申し立てを受けて、モレノ氏を国際審判リストから除名することを決定した。これによって、モレノ氏がW杯で笛を吹くことは、二度となくなった。

記者は、モレノ氏は傷つけられた人間で、追いつめられた人間だと語る。2002年まで住んでいた彼の家は、9月の12分のアディショナルタイム事件以来、バルセロナのウルトラス(サポーター)たちによって、投石され壁に穴が開き、住めなくなってしまった。そしてモレノ一家は、キトの高台にあるアパートに移り住んだ。そこはひっそりと安全な場所で、自分たちの姿を隠すように、高い壁に守られ、ベルだけあり、表札はない。だから、誰がそこに住んでいるか分からない。

モレノ氏は、記者が提示したさまざまな疑惑、モレノ氏にすれば、自分への言いがかりに反論しようと試みた。「W杯が終わってから、フロリダで贅沢なバカンスを過ごしたのか」という記者の質問には、領収書を出して「(部屋代は)108ドル。近くの海なんか見えないホテルに泊まった」と答える。続いてモレノ氏は「キャデラック?」と言って小さな中庭に連れて行く。そこにあった車は、ほこりだらけの古い型のシボレー(コルサディーゼルモデル)だった。走行距離は9754キロメートル。

モレノ氏がW杯でFIFAから受け取った収入は、2万8700ドルであった。記者は、銀行通帳と国際試合を主審した時の受領書を見せてもらって内容を確認する。モレノ氏は「この話は、私に正義があるのは確かです」と言う。

しばらくすると、9歳になる彼の娘が(モレノ氏には2人の子供がいる)、歯の治療から戻ってきた。ミッシェルという名の娘は、父モレノの肩に手を置く。そして小さな声で、「私のパパ。悪い人たちを刑務所に連れていくように、私は警察を呼びたいの」とつぶやく。

モレノ氏にとって、サッカーの試合でジャッジするとは何なのか?彼は次のような回答を出す。

「興行(試合)を円滑に行うために、客観性をもって、不正直で危険なプレーをする全ての選手に対して、私は常に戦ってきた」

W杯でモレノ氏が審判を務めたのは、韓国代表対イタリア代表だけではない。ポルトガル代表対アメリカ合衆国代表も、彼がジャッジしている。その試合で「10点満点中、8.5点の採点を受けた」と言う。筆者は指摘された試合のビデオを見返したが、確かに不安定なジャッジはなかった。

次に記者は、キト対バルセロナに触れ、長いアディショナルタイムの理由を聞く。「アディショナルタイムは(選手に)プレーさせるために作られたものです。説明しましょう」と言い、試合のレポートを取り出す。

モレノ氏は最初に与えた6分のアディショナルタイムについて話し始める。記者によれば、この時のモレノ氏は途切れることなく語ったようだ。

・傷を負ったとして倒れた選手に担架を呼んだ時間
・選手交代の時間
・同点ゴールの時間
・シミュレーションの時間
・アウト オブ プレーの時間
・ほかの得点の時間
・(選手による)抗議の時間

これがアディショナルタイムの内訳である。

ここで筆者は、【アディショナルタイム】が説明されたルールブックの項を開いてみる。以下のように説明されている。

主審が、試合中に次のことで時間が空費された場合は、前・後半それぞれ競技時間を追加する。

・競技者の交代
・競技者の負傷の程度の判断
・負傷した競技者の治療のためのフィールドからの搬出
・時間の消費
・その他の理由

空費された時間をどれだけ追加するかは主審が判断する。

アディショナルタイムとして表示される時間は分単位なので、1分59秒と時計が刻んでいても、表示される時間は1分になる。モレノ氏が与えた6分という時間は、なかなか見掛けない長さだ。

モレノ氏の主張とルールブックを照らし合わせて不思議に思うことがある。それは、モレノ氏がアウト オブ プレーの時にも時計を止めていたことである。これは、ルールブックの「その他の理由」に、「アウト オブ プレーの時間」が含まれるという解釈なのだろう。「アウト オブ プレー」とは何か。規定を調べると「地上、空中を問わず、ボールがゴールラインを完全に超えた時、さらに主審がプレーを停止した時」と記されている。

アウト オブ プレーの時間も時計を止めていたのであれば、キト対バルセロナのアディショナルタイム6分もあり得る数字だ。そして、その6分間でもアウト オブ プレーの時間に時計を止めていた結果、さらに6分のアディショナルタイムが与えられ、トータル12分間となったという理屈だ。

つまりモレノ氏のアウト オブ プレーの時間も、主審は時計を止めることが許されている、と考えていたと推理できる。もちろん、これは根本的なルールの誤認だ。

まら、モレノ氏が審判復帰戦で出した3枚のレッドカードにも、彼の「考えの癖」が現れている。モレノ氏が記者に語った「客観性をもって、不正直で危険なプレーをする全ての選手に対して、私は常に戦ってきた」という発言は、あらかじめ選手は不正をするものと見なし、隙さえあれば危険を冒そうと考えている、という偏見に基づいたものである。

こういう物事を決めつけて考える彼の癖は、W杯後のインタビューにも認められる。「イタリア人は善と悪あらゆる手段を尽くしてでも勝たなければならないと思っている」。モレノ氏はこのほかにも、イタリアサッカーがいかに汚いプレーをするか、それがサッカーの弊害になっているとも発言していた。

物事を決めつけて考える癖を持つ審判は、モレノ氏に限ったことではない。例えば、スロバキア出身のミチェル主審が、南アフリカ代表対パラグアイ代表の一戦でシミュレーションに騙され、南アフリカにPKを与えた場面も、「こういう状況はこうなるだろう」という決めつけた判定だった。

審判が、起こるであろうプレーの結果を決めつけてしまう。そうした「考えの癖」を持つと、実際にそこで起こっているプレーを「見る」ための努力をしなくなる。それは、ポジショニングの悪さを生み、そこで行われてプレーを見る距離が遠くなることを意味する。審判から20メートルも離れている場所で行われたプレーを、シミュレーションという偽りかどうか見極めるのは、実際難しい行為だ。審判の技術の低下とは、物事を決めつけて考える癖を持つ審判が増えたことを意味するもので、審判自身の技術のレベル低下ではない。

エクアドルの日曜日は、至る所でサッカーが行われている。その日、記者は、当時モレノ氏を中学校で知っていたという、審判という同じ職業を営むエリゾンダ氏とホテルで待ち合わせる。2時間遅れてやって来た彼は、「私はモレノ氏が言われているようなことをしたとは全く考えられない」と言う。アルゼンチン人のエリゾンダ氏は、1試合1250ドルをエクアドルサッカー協会から受け取っている。1試合自体の給与が500ドルで、滞在費が750ドルである。エクアドルのサッカー事情について、エリゾンダ氏はこのように話す。

「むしろサッカー協会は、審判に関して、きちんとした形を作りたいと思っている。ここでは(エクアドル)、審判は、問題だらけだ。(外部から)ものすごい圧力が掛けられる。観客、選手たち、クラブの幹部たち……問題は教育なんだ。特にクラブの幹部は、何を言っても良いと思っている」

さらに記者は、エクアドルサッカー協会のエスピノーサ事務局長にコンタクトを取る。モレノ氏について尋ねられた事務局長は、黒革のソファに身を沈めて語り出す。

「彼は、技術的な間違いや記入ミスも犯した。でも、W杯で買収されたという事実はない。モレノ氏の第一の問題は、政治を選んだ(選挙に出た)ことです。審判が政治家になることは禁止していないが、相容れないでしょう。そして2つの集団、政治と同時にフットボール、あり得ない。彼は何がしたいのでしょう」

記者によれば、モレノ氏がFIFAやエクアドルサッカー協会に、審判権を剥奪されなかった理由は、弁護士の父親の助けを借りたからだと言う。エクアドルに生まれたモレノ氏は、審判という職業に就いてから、審判が「買収」される場面に遭遇したことがあるのだろうか。記者のニュアンスや単語の選択を見れば、書けない内容が多く存在したことをうかがわせた。アルゼンチン人の審判エリゾンダ氏が語ったように、エクアドルの審判の問題は、「正義をどこまで貫けるのか」という人間教育にあるのだろうか。モレノは今でも、サッカー審判養成学校を設立する夢を持っているとのことだ。

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