川本梅花 フットボールタクティクス

【インタビュー】優秀な指導者と選手が育つオランダサッカーの神髄とは何か?【無料記事】 林雅人(中国2部リーグ浙江省杭州女子足球倶楽部監督)

【インタビュー】林雅人(中国2部リーグ浙江省杭州女子足球倶楽部監督)
優秀な指導者と選手が育つオランダサッカーの神髄とは何か?

【渦中の話】優秀な指導者と選手が育つオランダサッカーの神髄とは何か? 林雅人(中国2部リーグ浙江省杭州女子足球倶楽部監督)

林雅人(@masatohayashi)は、日本体育大学を卒業した後、オランダの指導者資格を取得するために、2000年に同国に留学します。2003年にオランダサッカー協会公認の指導者資格3級を得ると、2004年には2級、2006年に1級を取得しました。彼は、2003年から2008年のシーズンまで同国トップリーグ、エール・ディビジに所属するフィテッセのフットボールアカデミーに在籍して、U-12監督やU-19のコーチを歴任しました。日本に帰国した後、東京23FCのコーチに就いています。さらに、浦和レッズでゼリコ ペトロビッチ前監督の通訳をしました。そして、2部であるタイプロリーグ・ディビジョン1に属するソンクラー・ユナイテッドFCで監督を経験します。現在は、中国女子2部リーグの浙江省杭州女子足球倶楽部の監督を務めています。

これから記載するインタビューは、林が日本に帰国してすぐの、2008年に『サッカー批評issue40』(双葉社)に掲載された記事です。そしてこのインタビューは、2013年に出版された『サッカープロフェッショナル超分析術』(カンゼン)のp.222-231にも載せられています。この本は、林雅人の監修の下、僕が執筆した書籍です。

林へのインタビューは、2008年だったのでもろもろの情報は当時のままにしてあります。今から9年前の記事ですが、色あせてはいないので、ぜひ読んでいただきたいインタビューです。

オランダの選手育成法を語る

――オランダ人は、サッカーをどう捉えているのですか?

オランダ人は、サッカーを国技だと考えている。そう感じたのは、公立学校の授業時間を知った時です。僕が教えていたフィテッセのフットボールアカデミーのU-13からU-19までは、平日週3回から4回の練習を午後2時30分から行う。土曜日はリーグ戦がある。そして水曜日はお休み。午後2時30分から練習が始まるから、U-13に所属する16人の子供たちは、当然、公立中学で授業を受けていなければならない時間。でも、国が子供たちに特例を認めている。彼らは授業を抜け出して練習に参加できる。クラブの練習が、なぜ水曜日に休みなのか分かりますか? 昼に練習できる代わりに、水曜日の1日を使ってそれ以外の曜日に受けられなかった授業を集中して受講できるからなんです。それに、学校とクラブが提携している。クラブのユニホームにスポンサー名として学校の名前が付けられると、それだけで学校にとってとても名誉なことになるんです。

――オランダ人が国技と考えるサッカーを、日本人である林さんは、オランダの子供たちに指導する。その際に、どんなことに注意して指導するのですか?

僕が監督をしていたU-12の子供たちには、練習の中で基本技術を向上させることを一番心掛けて指導している。指導をしていて注意する点は、サッカーの目的から外れないということ。オランダでのサッカーの目的とは、相手より多くゴールを奪って試合に勝つこと。それがオランダサッカーの最大の目的です。

子供の試合の特徴は、6-5や4-3の試合が多い。1-0で終わる試合はほとんどありえない。0-1で負けるような展開なら、リスクを冒してでも攻撃に出る。その結果、0-5で負けたとしてもリスクを冒さないよりはまだマシだ。そんな考えをオランダ人は持っていると思いました。

――「リスクを冒しても攻撃に出る」ということに関連しますが、8月3日に三ツ沢球技場でクラブユース選手権決勝が行われて、FC東京のU-18が柏レイソルのU-18を1-0で下して優勝を飾った試合がありました。林さんは、その試合を観戦されて「リスクを冒していない」と言われていました。

http://www.jcy-football.com/modules/cs4view_obj.php/jcyp_news/541/R2008U0050611J.pdf

日本はA代表でもそうですが、ノーリスクですよね。相手のスペースが空くのを待って待って我慢して、バックラインでボールを回す。リスクを負わないで待つというのは、相手にとってはとても楽なこと。スペースを与えなかったら、敵は攻めて来ないんだから。

決勝戦を含めてユースの試合を三度観戦してました。3試合とも、GKからゲームを組み立てることを全くしていない。僕が見た限り、たったの1回だけですよ。GKは、ただボールを前に蹴るだけ。オランダでは、GKはフィールドプレーヤーの1人だと考える。どこからゲームを組み立てるのかと言えば、GKからなんです。日本の場合は、ターゲットマンのFWにGKがフィードするんですが、ボールがキープできないからセカンドボール勝負になる。GKがロングフィードを入れて、10回蹴ってですよ、9回味方がキープできるんだったら、それが攻撃につながるんだったらいいんです。でも、実際はそうならない。

ユースの試合を見ていて感じたのは、これは典型的なドリルサッカーだと。教えられているままにサッカーをやっている。ドリルサッカーを続けていては、クリエイティブな怪物はいつまでたっても生まれないでしょう。

――確かにオランダは、クリエイティブな選手をたくさん生み出していますね。育成法に関して、オランダと日本の違いは、どこにあるのでしょうか?

ユースと言ってもU-12からU-19まであるわけで、それぞれの段階がある。ただし基本的にユースは育成の段階と考えますから、選手にはやりたいことをやらせて、どんどん挑戦させて彼らに間違えさせるんです。実は、そこにオランダユースの強さがある。

日本では選手が間違うと「なんでそうしたんだ」と監督が叱責することがある。「なんでそうしたんだ」という発言にはネガティブな発想が潜んでいる。自分がその子のプレーに対して「それは間違いだ」と初めから思っているから「なんで」という言葉が出てくる。「なんでそうしたんだ」とオランダの指導者は子供には言いません。なぜなら、その子のプレーを初めから否定しているんだ、と取られるから。そうした否定的な発言が、選手のクリエイティブな部分を消してしまうと考えるんです。

それに、日本は、子供に難しいことをやらせすぎる。練習で小さいスペースに選手を何人も置く。あえて狭い場所でプレーさせる。そうした状況では、大人でも相手を抜くのが難しいでしょう。それにボールを蹴っていても楽しくない。誰だって相手を抜いたり、パスが通ったりしたら楽しいと思うはずです。オランダでは、そういう成功体験を子供の頃からたくさん積ませる。指導者は、常にポジティブな立場で子供たちに接するんだ、という考えがそこにはあります。

つまり、オランダの指導は「導く」ものであって「教える」ものではない。指導者は、選手に最初から答えを出さない。常に質問して導いて選手に考えさせる。そこにはオランダサッカーが歴史の中で得た、「サッカーには正解がなく答えもない」という考えが根底にあるからです。監督、選手、システム、チームの状況、試合の展開が違えば、その時々には、それにかなった答えがある。「これしかない」という普遍的なものは、サッカーにはないじゃないですか。

オランダでは7歳くらいからセレクションで入ってくるんですが、GKの例で言えば、みんな初めは蹴りたがるんですよ。そこでまずは蹴らせる。彼が蹴った結果を見せる。コーチは「今、蹴ったよね。ボールはどこに行った? 相手に取られちゃったな。じゃどうする?」と質問する。子供は次第に「誰かに投げてみよう」と考えるようになって、実際にプレーに反映させる。そうした指導を反復していくと、U-19にでもなれば、GKからゲームは組み立てられるという考えが自然に染みつくわけです。

――育成法という点で、実際の練習の中でオランダの特徴はどこに見られますか?

練習は、3段階に分けられます。時間は試合と同じ90分。それ以上はやらない。基本練習(ドリブル、トラップ、パス)。ボールポゼッション(3対1の練習)。ミニゲーム。1人あたりのアクション(ボールタッチの数)ができるだけ多くなるメニューをやらせる。ボールを使った練習が主で、走るだけのトレーニングというのは1年に1回あるかないか。

最初に言いましたが、オランダでのサッカーの目的は相手より多くゴールを奪って試合に勝つことです。だから、たとえパスの練習でも、パスがうまくなるために練習をするのではなく、ゴールを奪うためにパスの練習をする。全てはゴールのためです。

それから、私生活に関してはとても厳しく接します。あいさつ、ゴミの片付け、用具の管理。サテライトまでは、マテリアルマン(用具係)が付かないので、ボールに空気を入れるのも、コーンやビブスをグラウンドに持ってくるのも子供たちがやる。サテライトまでは「育成期間」という考えがきちんとある。何から何まで用意された環境でプレーしても、真の意味で戦う選手は育たないことを実感しましたね。

オランダの指導者育成法を語る

――ユーロで活躍したロシア代表監督、フース ヒディンクに代表されるように、オランダは優れた指導者を多く輩出しています。

エール・ディビジの監督になるには、オランダサッカー協会公認のプロ・ライセンスが必要になります。これはとても狭き門です。僕が1級を取得した時は、20人が試験を受けて8人は不合格。プロ・ライセンスの場合、受験できるまでの時間の問題もある。ユーロで監督をやったファン・バステンは代表で40試合以上出場していたので、短期間に取得できた。そうした特例を除けば、サテライトなどのコーチを6年下積みしなければ受験資格が得られない。

指導者を育成する場合でも「考える」ということと、「導く」という指導法が教授される。1級指導者の講習会の時でしたが、1人のウイング(WG)の選手を敵の4人の選手が囲んでいるという場面のビデオを見せられた。そして味方の1人のFWがフリーでWGの近くにいる。そこで講師がビデオを止める。「この場面で、君が監督なら選手に何を言いますか?」と質問される。

(1)フリーのFWにボールを出す。

(2)何も言わない。

大半の人は(1)と答えるでしょう。受講生も(1)と答えた。さてそこで講師はビデオを再生する。画面には、WGは4人全員を抜いてFWにセンタリングしてゴールが決まっちゃうシーンが映されたんです。

指導者は、知識も経験もあるから自分の知っていることを選手に伝えたがる。指導者が先にやり方を言ってしまう。そして選手が言われたようにそれをやる。それは「よくやった」じゃなくて、「よく聞いた」なんですよ。それでは選手が監督の顔を見てプレーしていることになる。

――オランダ人は戦術好きだというイメージがあるのですが……。

フィテッセのコーチたちは、試合や練習の後でも、相当にマニアックな戦術の話をよくします。戦術は指導者に徹底的にたたき込まれる。1級の講習会のカリキュラムには、育成、分析、実技、コンディショニングの各論と戦術論がある。講習会の講師には、クライフやヒディンクが来ました。ヒディンクと言えば、ドイツW杯の時に彼が監督を務めたオーストラリア代表のキャンプを見に行った時、ヒディンクは、その後の日本戦で実際にあったような後半0-1の場面を想定して、トップの下に2枚のMFを置いて、ロングボールを放り込ませる展開を何度も何度も練習していたんです。それも、「相手がこう来たらどう対処するのか」という問題を選手とのコミュニケーションの中でどんどん解決していく。

――人は、やったことしかできませんよね。練習したことしか実戦で出せない。ヒディンクがやったように、いろいろな場面をシミュレーションして選手に練習で体験させる。「答えを出さず」に「導き」ながら「考えさせる」。選手育成法と指導者育成法は、出発点が同じなんですね。

「4-3-3」のシステム1つ取ってみても、「どういう選手の組み合わせが機能するのか」ととことん突き詰めていく。「サッカーには正解という答えがない」わけだから、「これなら勝てる」という絶対的なシステムもないことになる。それでも指導者は、全ての組み合わせの長所と短所を理解して勝つ方法を探さなきゃいけない。指導者のやれることは、相手よりもゴールを奪って勝てる、という確率を増やすために徹底的に突き詰めてみること。それが重要なんです。

オランダの育成が世界から評価されているということは、結果的にいい指導者がいるということだと思います。サッカーと同じように、「起こっていること」と「結果」が大切ですから。

川本梅花

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ