川本梅花 フットボールタクティクス

【インタビュー】「ゾーンを守る守備=ゾーンディフェンス」という誤解【無料記事】

【インタビュー】「ゾーンを守る守備=ゾーンディフェンス」という誤解

この対談は、11月15日(火)に行われた日本代表とサウジアラビア代表の試合[2〇1]の前に行われました。オーストラリア代表戦の戦いを踏まえ、堀江哲弘の話を聞きながらサウジアラビア戦を振り返ると、試合の動向がよく分かります。引いて守ってカウンターという戦術の対オーストラリア戦。一方、ハイプレスからボールを奪ったらサイドアタックを基盤に攻撃を仕掛けるやり方を取った対サウジアラビア戦。2つの試合での戦い方の差異がはっきり分かります。

サウジアラビア戦で日本はなぜ勝利を手に入れたか。チームとして、また個人として何が改善されたのかが、この対話を読めば理解できます。また、前回から更新が遅れてしまいましたこと、お詫び申し上げます。

11月15日(火)に行われたロシアW杯アジア最終予選・サウジアラビア代表戦が、日本代表にとって今年最後の試合となった。そこで日本代表の戦いを振り返りたい。今回はバルセロナ在住の堀江哲弘(@tetsuhorie)に、スペインのサッカーを頭に置きながら解説してもらう。対象となる試合は、10月11日(火)にドックランズスタジアム(オーストラリア メルボルン)で行われたオーストラリア代表戦[1△1]だ。

堀江は2011年6月にスペインサッカー連盟公認監督資格レベル2(日本のA級)を取得。現在はレベル3(日本のS級)の資格を受講中で、2016-2017シーズンのU-9とU-14のチームで監督を務める。

古く感じられた日本代表のゾーンディフェンス

――オーストラリア代表戦は1-1の引き分けでした。

堀江 監督が「引き分けでも良い」という考え方だったので「良し」かなと思います。同じ試合でも人それぞれ、指導者の価値観によって、「引き分けでも良し」とするか、あくまで勝つための戦い方をするかに分かれますよね。1人のサッカーファンから見たら「攻めて逆転を見たい」という感情に駆られます。

――日本代表の守備戦術はゾーンディフェンスでした。ゾーンディフェンスと言えば、堀江くんが住んでいるスペインのアトレティコ・マドリードが思い浮かびますが、どのように評価しますか?

堀江 基本的に日本の守備は「ゾーンで守る」というコンセプトだと思うんですが、ゾーンディフェンスのやり方を勘違いしているように見えました。「ゾーンを守る守備=ゾーンディフェンス」ではなくて、まずボールに近い選手ができるだけボールに詰める。素早くできるだけ距離を詰めるという作業が必ず必要になります。それを日本代表の何人かの選手はできていない。もしかしたらヴァイッド ハリルホジッチ監督が分かってないのでは?とさえ思いました。

――それは、どういうところから思ったの?

堀江 前半、得点を入れてから、香川真司選手がずっと下がったままだったのですが、それに対して修正をしていません。香川選手のポジションでプレスに行かないと、ゾーンディフェンスは機能しません。後半になっても香川選手に変化がなかったため、「あれで良い」と監督が判断しているとしか思えませんでした。

勝点を得るため、ディフェンスのラインを下げて守るという側面もあったと思いますが、香川選手が下がっていたことを疑問に思っていなかったのかどうか。川本さんがおっしゃった通り、アトレティコ・マドリードのゾーンディフェンスでいうと、まずはトップの選手が相手の最終ラインでボールを追い回す守備をします。

勝っている時や、数的不利な状態の時は、ある程度引いて我慢しないといけない場合もあるでしょうけど、プレスで詰められる場面で詰めないと、相手に前を向かれて、自由にパスを出させれてしまいます。香川選手がパスコースを切るポジショニングをしていないから、後半になってロングボールを入れられ放題になりました。

――ハリルホジッチ監督の守備概念は古く映った?

堀江 数十年前のイタリアのカテナチオをイメージしているのかなと思いました。現代のゾーンディフェンスは、オーストラリア戦で見せた代表のあれではないです。

――監督が要求していることを選手ができないのか、監督自身の考えが古いのかどうか。これは監督本人に聞いてみないと分からないことだけど、先制点を奪ってから日本の守備に変化があった象徴として、香川選手のポジショニングが挙げられるということですね。

堀江 例えば後半12分37秒の場面を見てほしいです。本田圭佑選手は直前の足のケガが響いてるのか、強くプレスを掛けられない状態にあります。オーストラリアの右センターバック(CB)がボールを持った時に、トップ下の香川選手が本田の代わりにプレスに行かないといけません。行かないのでトーマス ロギッチ選手に縦パスを入れられてしまいます。

――香川選手の守備に問題があると捉えるのか、それとも監督にプレスに行かないで引いて守るように指示されたのかどうか。

堀江 もし引いて守るように指示されたとしても、香川選手はパスコースを切るようなポジショニングを取るわけでもなく、ただピッチに立っているだけという印象を受けました。スペースを守るという守備をするわけでもない。

後半13分04秒にも同じ現象が起きます。ミレ イェディナク選手がボールを持った時の香川選手のポジショニングが問題です。イェディナク選手にプレスを掛けないので、ロングボールや縦パスを自由に入れられてしまいました。この時間帯は危ない時間帯でした。オーストラリアはビルドアップでうまくつながらない時に浮き球のロングボールで直接攻撃するようになったからです。ロングボールを入れられる前にプレスに行かないといけませんでした。そういう場面が前半から散見されましたが、これは香川選手1人だけの問題というわけでもありません。

後半5分に失点を喫する場面。同5分08秒にアーロン ムーイ選手がボール持っている時、本田選手がプレスに行きます。長谷部誠選手がムーイ選手と対面していますが、もう少し寄せる必要がありました。香川選手が2列目に吸収されているので、それだったらトップの位置まで長谷部選手がプレスを掛けても良いです。山口選手のスライドも甘く、サイドの小林悠選手と右サイドバック(SB)酒井高徳選手の守備連係も曖昧(あいまい)で、受け渡しているのかさえも分かりません。

所属クラブの違いによる「意識」の差

――原口選手がファウルする前の場面を振り返ってみましょう。

堀江 後半5分。原口選手はまだ体力があるから、最終ラインまで戻らないといけません。しかし最初のスライドが甘いので、相手に自由にスペースを使われています。この時点でゾーンディフェンスの原則がチームに浸透していないと分かります。

――チームに浸透していないという具体的な場面は挙げられる?

堀江 例えば後半5分04秒の場面です。オーストラリアのSBがサイドに張っています。その選手をフリーにするのは仕方がない。

――ゾーンの約束事として「ボールサイドではない逆サイドは捨てろ」という考えがありますからね。

堀江 トミ ユリッチ選手がペナルティエリアに入る前に、原口選手が槙野智章選手のラインにいる必要があります。しかし原口選手の絞りが甘く、相手のトップ下が寄ってくるため、山口蛍選手がプレスに行く。空いたスペースを原口選手が埋めなければいけないけど間に合わない。ゾーンディフェンスは「スペースを潰(つぶ)す」という考え方が基本です。相手が利用できるスペースを潰すという考え方。同サイドのスペースを潰す。

――原口選手が相手を倒す前に、左サイドからクロスを入れられますね。それと同じように、後半になって何度も日本の右サイドは突破されています。

堀江 後半16分の場面にも注目してほしいです。小林選手はオーストラリアのSBの上がりを警戒しないといけません。日本のSBには、オーバーラップしかしない選手が多いです。つまり外側を回る、あるいはタッチライン沿いを縦に突破する攻撃の仕方しかしない。だから相手守備も外を回るだろうと予測してポジショニングをする傾向があります。習慣で外しか見ていない。

そこにブラッド スミス選手が中に入ってくる。後半15分58秒ですね。スミス選手は小林の背後にいて、急に中に切れ込む。ロギッチ選手は日本の選手3人に囲まれている中、左足でスミス選手にパスを送る。スミス選手はペナルティエリアに一気に入ってくる。吉田麻也選手が足を出してクリアしたんですけど、戦術的には明らかなミス。ゴールの中心線と相手の線を結んだところにポジションを取って相手の進入を防ぐというのがマークの基本です。

――PKを与えた場面、森重真人選手と槙野選手の距離が近すぎないかな。

堀江 槙野選手は「3バック病」というか、浦和レッズの3バックに慣れていて、ウイングバックが戻ってくると体に染み付いているのかもしれません。だから森重選手とポジションが近くなる。クラブと違うポジションでプレーすると、こういうことが起きます。ペナルティエリアは基本マンマークですよね。「マークしないことがゾーンディフェンス」と一般的に思われたら困ります。「ゾーンディフェンス=ゾーンを守る守備」だと思っている人がいたら、それは誤解です。そうではなくて、ゾーンにきた選手をしっかりマークしないとダメなんです。

――日本代表のやり方で、ほかに気になるところはありますか?

堀江 GKにDFがパスした時のCBの動きが気になりました。2人のCBがワイドに広がらない。GKと同じラインに立たないので、GKがロングボールを蹴る選択肢しかなくなってしまっています。オーストラリアの選手は体が強いので、GKにボールを戻させてロングキックを蹴らせると自分たちのボールになることを知っている。吉田選手は外に開こうとするのですが、森重選手は、そうしたポジションを取らない。海外でプレーする吉田選手と森重選手の違いですかね。そうした細かい点においても、ハリルホジッチ監督のサッカーに現代サッカーの原理原則が徹底されていないと感じています。

川本梅花

堀江 哲弘 (ほりえ・てつひろ) 1977年生まれ。宮城県仙台市出身。東京でサラリーマンをしながら、週末に少年クラブでサッカーを教える生活をして いたが、2007年よりバルセロナに渡り現地で指導を開始。 2011年にスペインサッカー連盟の監督資格レベル2を取得。現在はスペインにおける最高の監督資格となるレベル3を受講しつつ、Pubilla Casasという地域クラブのU-9(Benjamin B)のチームで監督をU-14(Infantil B)とU-19(Juvenil A)のチームで第2監督を務める。

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