川本梅花 フットボールタクティクス

【インタビュー】長身ゴールキーパーの可能性 笠原昂史(水戸ホーリーホック)【無料記事】

【インタビュー】長身ゴールキーパーの可能性 笠原昂史(水戸ホーリーホック)

GKの成長が日本サッカーのカギになる

気になっているGKがいる。水戸ホーリーホックの笠原昂史だ。水戸の1番手のGKは、39歳の本間幸司である。誰もが認める存在だ。1999年に水戸に加入したこのレジェンドは、今季で18年目を迎える。2015年の昨季も、リーグ戦35試合に出場した。実績を見れば、まさに正GKという名にふさわしい。

そんな本間の定位置を脅かす存在が現れてきた。2番手GKとしてずっとベンチを温めていた笠原である。今季の後半戦は、7月31日の第26節ツエーゲン金沢戦から、8月21日の第30節カマタマーレ讃岐戦までの5試合をスタメンで出場している。笠原が先発してからのチーム成績は、2勝2分け1敗と戦績も悪くはない。

彼の特徴は、191センチの長身を活かしたプレーである。笠原と同じ身長のGKは、ジュビロ磐田のカミンスキーになる。当然、笠原のプレーを見るときに、カミンスキーのプレーと比較してしまう。ポーランドのクラブチームで経験を積んだGKと、日本の土壌で育ったGKでは、環境が違いすぎて比較にならない部分もある。しかし、筆者は、日本人で190センチ以上の大型GKの登場を待ち望んでいたので、笠原が今後どのように伸びていけるのかに期待している。

日本サッカー界の育成の中で、伸び代(のびしろ)がある部分は、GK育成と指導者の育成である。欧州のクラブでプレーするGKや指導者が何人も活躍するとき、日本サッカーが本当にグローバル化した証しになるのだ。そのためにも、世界に通用するGKを育てる必要がある。190センチ以上で、俊敏かつ遠くにセービングする。そうしたGKが求められている。

そこで、27歳の笠原にGKとしてどのような可能性があるのかを、元U-20ホンジュラス代表GKコーチの山野陽嗣(@yoji_yamano)に話を聞いた。2番手のGKとして認識されていた笠原が、今レギュラーの座をつかもうとしている。

こうした存在の選手を取り上げることは、個人メディアでなければ成し得ないことだ。本サイトのノンフィクション「言葉のパス」の第1回に笠原を取り上げる。そのことも踏まえて、私と山野の対話を読んでいただきたい。

長身を活かしたプレー

――笠原選手のプレーを見てどんな印象を持ちましたか。

山野 J2の下位にいるチームに所属していますよね。これまで第2GKという存在だった。そういうことを加味して笠原選手のプレーを見ないとならない。彼が、日本代表の選手ならば、評価基準も違ってきます。彼が置かれている現状を考慮に入れてプレーの分析をしないとダメだな、と思ったんですよ。あんまり、厳しい評価をしても意味がないですからね。それに、彼がスタメンになってあんまり負けていないんですよね。

――8月15日のザスパクサツ群馬に1-2で敗れただけですね。

山野 いい部分は、これは誰ものが認めることですが、191センチの長身を活かしたプレーがあることです。彼の身長の高さゆえに活かされたプレーがあった。8月7日の松本山雅FC戦から、8月21日に行われたカマタマーレ讃岐までの映像を見ました。良かったのは、松本戦ですね。終了間際の88分に三島康平選手の至近距離からのシュートを止めましたよね。非常にいいポジショニングをした。体の大きい選手が、いいポジショニングを取ったらセーブする確率は高くなります。体の面が大きいですからシュートコースを相当限定できるんです。180センチちょっとのGKよりは、はるかに大きくなりますよね。あの場面は、結果的に胸で止めたと思うんです。あれだけ大きな体で、いい面の作り方で、いいポジショニングをされたら、さすがにストライカーでもシュートを打とうと思ったそのときに、相当コースが限定されているので、ゴールすることは難しい。

――松本山雅戦の三島のシュートを止めた場面は、大きな体の選手が面を利用して防ぎましたね。三島のシュートコースとして2メートルくらい。腰を落として少し前かがみになって、ボールに飛び込まないでじっと我慢していました。あそこで飛び込むと、三島が笠原をかわしてシュートするか、グラウンダーのパスを中央に出すか。

山野 ああいうところで大きな体の面を利用するプレーは、笠原選手の持ち味ですね。それと、壁を完璧に越えたFKを止めた場面があったんです。腰から上が強いんです。これは190センチ前後の身長が高いGKに共通する利点なんですが、腰から上の処理に関しては強いんですよね。強いと言っても、速いボールのシュートが来ると、これが難しいんです。日本人の長身GKは動作が遅いんです。それは、笠原選手に限らず、日本人の長身GKのウイークポイントです。J2のGKの中でも、彼は、腰から上のシュートに関して強い選手です。

――速いボールに対しては処理が難しい。それは、長身GKの動作の遅さからくる。でも、高いクロスやCKに対する処理は優れている。ほかに長身GKである彼の武器となるところはありますか?

山野 8月11日のロアッソ熊本戦で、76分にミドルシュートを打たれる。180センチ台のGKだと全力で跳んで届くかどうか、というところなんですが、笠原選手は大きいので、そんなに跳ばなかったけど、ボールに届いてしまうんです。それも大きな武器ですよね。

――笠原選手は191センチあります。同じ身長のGKだと(ジュビロ)磐田のカミンスキー選手がいますね。

山野 カミンスキー選手は、身長が高くても動きが速く、ジャンプ力があって遠くに跳べる。そこが、笠原選手と違うところです。違うところではあるんですが、これは笠原選手だけではなく、日本人のGK全体の問題なんです。日本人の身長が高いGKは、速く遠くへ動けないんですよ。(サガン)鳥栖の林(彰洋)選手も同じ問題点を抱えている。動きが遅い。日本人の長身のGKで動きが速くて遠くに跳べる選手は、なかなか見掛けませんよね。

先に動くプレーには落とし穴がある

――熊本戦で前半30分に黒木晃平選手からニアサイドにミドルシュートを決められた場面がありました。笠原選手の対処について、どう思いましたか?

山野 GKの意表を突いて、黒木選手がニアにシュートを打ってきたんですよね。あの場面、笠原選手は、右足に体重が掛かっていた。そこから逆をつかれた形からシュートが入ってしまった。あの位置からニアにシュートを入れられたらまずい。1歩遅れてニアには飛んだんですけどね。ただ、あの位置から普通はシュートを打たない。

――シュートを打たないと思われた位置から打たれた。それもニアサイドに放り込まれる。あのシーンは何が問題だったのですか?

山野 2つの問題点があります。試合の映像を見れば分かるんですが、笠原選手は、黒木選手がボールを蹴る前に動いているんです。例えば、例えばですよ、笠原選手がカミンスキー選手くらいのスピードを持っていて、セービングの飛距離もじゅうぶんに持っているのであれば、逆方向を突かれたとしても、シュートを止められていた。厳しい言い方になりますが、速く遠くに跳べないから、先に動かないとならないんです。先に動かないとボールに届かないんですよ。動きのスピードとセービングの飛距離を伸ばせれば、シューターよりも先に動く必要がない。その結果、止められるシュートやセービングできるクロスが増える。これは、何度も言いますが、日本のGK全体の問題なんですよ。

――熊本戦の失点場面ですが、笠原選手から直接聞いたんですが、黒木選手がクロスを上げてくると予測して右足に体重を掛けて動いたんだと。そうしたら普通は打ってこない場所からシュートを打ってきた。それで1歩遅れて間に合わなかったんだ、と話していました。日本人の長身のGKが、動きを速くして、高く跳べるようになるためには、具体的にどんなトレーニングが必要なんでしょうか?

山野 コーディネーション(※1)というトレーニングがあります。でも、そういうことはJリーグの選手ならば、みんなやっていると思うんですよ。熊本戦の失点。讃岐戦のときは、CKを蹴る前から動きはじめている。ボールが蹴られてから、これは届かないと思った。そこで、戻ろうとしたけど、スピードも遅いから間に合わなかった。コースを読んだ動きで、それが外れたときのリアクションが遅いんです。じゃあ、笠原選手の動きの速さと動作の守備範囲で先に動かず、じっとしていたら、逆に間に合わない。どうしても予測をして相手が蹴る前に動かざるを得ない。ほんと、難しいところなんですよ。グラウンダーのボールへの対応。技術が間違っているのではなくて、基本動作が遅い。これは難しい問題かもしれない。

――僕は、彼にすごく期待しています。FKを蹴られるときも、「プレジャンプ」はしていない。本人も「やらないように注意している」と話していました。本間が「動」ならば、笠原は「静」のタイプ。だから、ファイトが表に現れないと見られる。実際、話してみると、素直だし、今ある殻をもっと破れれば、伸び代はある、と感じます。27歳と遅咲きだけど、Jリーグの長身GKの中では、ポテンシャルが高い。

山野 ポテンシャルはあるので、確かに伸び代はある。注目したいGKですよね。同じ長身GKのカミンスキー選手やサンフレッチェ広島の林卓人は188センチだけども、ポジショニングを極めて、シュートを打たれる前に無駄な動きをしない。極力無駄な動作を省いて、シュートに反応する。笠原選手は、体が大きいので、的が大きい分、ポジショニングさえ間違わなければシュートコースをかなり限定させられる。失点を防ぐ確率が高くなるから勝利を呼べるGKになれる。これから彼が、どうやって取り組んでいくのかに全ては懸かっていますよね。

川本梅花

※1 コーディネーショントレーニングは、旧東ドイツがアスリート育成のために考案されたトレーニング方法だと言われている。運動神経の構成要素と考えられる7つの能力を高めることを主眼とする。

定置:ボールの落下地点に正確に入ることができる。
識別:ボールを正確に蹴ることができる。
反応:スタートダッシュ。
変換:ディフェンスで相手の動きに合わせて適切に対応がする能力。
連結:受け身をうまく取れる。
リズム:音や合図に合わせて指定の動きができる。
バランス:転びそうになっても持ち直すことができる。

トレーニング概念として、例えば「定置」と「識別」を組み合わせた内容を実践する。サッカーでは、コーンを何個も置いたジグザクトレーニングがそれに該当する。

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